娘役と老女役を“身体の重心”で演じ分ける

 そんな日々を経て現在、歌舞伎座の「四月大歌舞伎」で梅枝さんが演じているのは『絵本太功記』の初菊です。本能寺の変の後、明智光秀の家族に起こった悲劇を描いた作品で、光秀は武智光秀という役名での登場となります。

 物語の舞台となるのは光秀の母・皐月が暮らす尼ヶ崎の庵室。初菊は光秀の息子である十次郎と結婚の約束を交わしている間柄で、十次郎とその母・操と共に皐月のもとを訪れるのです。

 「光秀が主君を討ったがゆえに、その業が本人ではなく家族に降りかかるというのがこの作品のメインテーマ。討死覚悟で出陣する十次郎を、初菊は送り出さなければならないのですが、その心情を現代の価値観でリアルに実感するのは難しいもかもしれません。

 ただいつの世にあっても人は生きている限り何かしらの抑圧を受けているもの。そこから想像を膨らませて、戦国というある特殊な時代に生きた人々の物語としてご覧いただければと思います」

 梅枝さんが初菊を初役で演じたのは2012年のことでした。

 「当時としてはけっこう神経をすり減らしながら演じていた記憶があるのですが、今思えば何も考えていなかったなと思います。

 古典ですからせりふや動きがきちっと決まっています。あの時はそれを踏襲するだけで精一杯で体力的にも大変でした。

 とんでもない悲劇が家族に降りかかるのは十次郎が出陣した後のことで、これは本能寺の変から10日後の出来事。二度目となる今回はそこに至るまでの9日間というものを考え、背景を自分の中にきちんと落とし込んで取り組みたいと思います」

 さて女性目線でひとつ注目したいのは、皐月、操、初菊という三世代の女性が登場することです。

 「歌舞伎の特徴のひとつに見た目の違いで役柄の個性がわかることがあります。衣裳の色や生地の素材、髪の結い方などにその人の年齢や身分など表れているのです。それを頭に入れてご覧いただくとキャラの個性がはっきりして物語に入りやすいのではないでしょうか」

 世代による表現の違いも注目です。

 「実人生にもいえることだと思いますが、若い女性は感情の高まりと共に重心が上がりやすい。そして若い頃はそうやって発散していた感情も人生経験を重ねるほどに内へ内へと収まっていく。ですので年を重ねた役ほど身体の重心が下がる、という傾向があります」

 技術を踏まえての役の造形、若い役を若い人が演じればいいというものでもないのです。

「人物の抱えている背景やその時代の価値観などさまざまなことに想像力を働かせる必要がありますが、実年齢が若いとなかなかそこまで及ばないものなんです」

2021.04.13(火)
文=清水まり
撮影=佐藤 亘