コロナ禍で気づいた、自分だけでなく他者の幸せを考えること
――ご自身も、表現者としての立場だけにとどまらず、舞台や映画をプロデュースするなど活動の幅をエネルギッシュに広げていらっしゃいます。
私は飽きっぽいというか、きっと同じところにいられない性格なんですよね。ここにこうして座っていても、その先に何か気になる景色が見えるとすぐにそこに行きたくなってしまう。単に落ち着きがないだけではないでしょうか(笑)。
――いわゆる「裏方」になって、新たに見えたものはあるのでしょうか?
もともと自分の創作活動もほぼ自分でアイデアを出してやっていたので、あまり変わらなかったですね。
ただ、ひとたび経営する側にまわると、当たり前だけれどお金のこともきちんと把握しないといけない。それがすごく苦手だな、ということを改めて実感しているところです。
同時に、過去に一緒にお仕事をしたスタッフのみなさんに「ごめんなさい」という気持ちも。
――と、言いますと?
いま思えば、お金のことは何も考えずにあれがしたいこれがしたい、「こういうのって格好いいと思わない?」って、無邪気に要望していたな、って。
そのたびにみんなの心の中ではチャリン、チャリン……という(必要なお金が積み上がっていく)音がしていたんだと分かりました(笑)。そういう意味では少し大人になれたかな? と思います。
――この1年、人々を取り巻く環境が大きく変わりましたが、ご自身にとってはどんな変化がありましたか?
去年の春にステイホーム期間が始まって、最初の1〜2カ月はリモートで仕事をしていましたけれど……。私たちはすごく小さな会社を運営していることと、やはりモノを作ることが仕事なので、顔を合わせないとどうしても進まないこともあって。速度を落としての運転ですけれど、生活自体は大きく変わっていないんです。
ただ、いままでは走り続けるのが当たり前になっていて、自動運転だからやめられない、という感覚がどこかにあったんだ、と気づいたことは大きかったです。いったん立ち止まることで、改めて自分や仕事、暮らしのことを考えられた。
きっと、同じように自分を見つめ直す機会を得た方がたくさんいるのでは。まだまだ大変なことも多いですけれど、それはとても重要なことかな、と思います。
――確かに考え方や気持ちが根本的に変わったという声は多いですね……。
私自身もプロデュースした公演を中止せざるを得なくなったりして、これからどんなことを心に持って仕事をしていけばいいのか、ということを考えていたとき、たまたまジャック・アタリというフランスの思想家の「利他的な社会」という考え方に出合って。それだ、と気持ちが明るくなったんです。
自分だけの利を求めるのではなく、他者に利があることも基準に行動を決めていくと、それはやがて循環して戻ってくる。ひとりひとりの行動が、現在の自身や周囲の利益だけでなく、未来の財産になる、そういう社会の在り方が理想じゃないかと考えるようになりました。
このことは、今後も仕事をしていく中で考え続けていくと思います。
2021.04.05(月)
文=新田草子
撮影=榎本麻美