「4年で卒業するために単位をうまく取りすぎた」井上真央の後悔
映画『大コメ騒動』の公開日2021年1月8日の前日には、政府による2度目の緊急事態宣言が出された。前回のように映画館は完全閉鎖にはならなかったものの、観客動員へのダメージは言うまでもない。だが、映画館で見るにせよ、配信や放送、DVDで見るにせよ、この映画はテーマの今日性や脚本の繊細さとともに、改めて井上真央という役者の実力を見せつける作品になっていた。
10代の頃、井上真央が芸能活動を休止して大学受験に挑んだのは、共演した檀ふみから「学問は芝居の邪魔にならない」とアドバイスされたことがきっかけだったという。卒論のテーマに杉村春子、安保闘争にも参加した伝説的女優を選んだ井上真央は、「4年で卒業するために単位をうまく取りすぎた、もっと長く大学にいて学問に触れればよかった」と語る。
1987年生まれの井上真央の世代のすぐ下、『花より男子』が放送された2005年前後に高校生だった彼女のファンたちは、大学に行けば卒業時にリーマンショックによる就職不況が直撃した世代になる。そして今、彼女たちの世代の上にはコロナ禍が襲いかかっている。非正規ならば雇い止め、自営業なら言わずもがなの経済状況の中、30代以下の女性の自殺は前年より74%も増えたと報じられる。
YouTubeには、放送から15年経った今も『花より男子』の名シーンが切り出されてアップされている。第1話のラストシーン、井上真央が演じる牧野つくしが学生靴でボクシングのステップを踏み始め、道明寺を殴り倒して宣戦布告する場面は何十万回も再生され、コメント欄には同窓会のようにファンたちのコメントが並ぶ。この世で一番ハンサムな男の子をつくしが殴り倒して「私は逃げない」と啖呵を切った時、テレビの前で拳を握りしめた女の子の数は100万人ではきかなかっただろう。
井上真央は今も戦う女の歌を歌う
映画『大コメ騒動』の中で、立川志の輔演じる狂言回しによって歌われる歌については「天声人語」でも取り上げられた。それは添田唖蝉坊という演歌師による大正の風刺歌「あきらめ節」で、「地主金持ちはわがままもので 役人なんぞはいばるもの こんな浮世へ生まれてきたが わが身の不運とあきらめる」と社会の絶望を歌い上げつつ、最後の一節を「私ゃ自由の動物だから あきらめきれぬとあきらめる」と結ぶ。正反対の曲調でありながら、『大コメ騒動』の中で歌われるその風刺歌は、フランス革命を描いたミュージカル『レ・ミゼラブル』のクライマックスで高らかに歌われる「たたかうものの歌がきこえるか」という革命歌のメロディと、対旋律のようにどこかでつながっているように思えた。それはどちらも「民衆の歌」なのだ。
今はまだ、すべてのファンが井上真央の最新主演映画を見に行ける状況にはないのかもしれない。だが牧野つくしを演じた10代のころと同じように、井上真央は今も戦う女の歌を歌い、演じ続けている。今作にせよ、あるいは幾らかの未来になるにせよ、かつての100万人の怒れる女の子たちが、もっとタフでクレバーなファイターになった井上真央に再会する日が来るのではないかと思う。
2021.01.31(日)
文=CDB