多動的に素早く動いて利益を最大化するイタリア人

中野 日本人の反応とは相当違いますね。やっぱりイタリア人って、ドーパミンの動態が日本人とは違うんだなとつくづく思います。ドーパミンの要求量が高いと、刺激を求め、活動的になります。

 日本には刺激が少なくても満足できる人が多いんですけど。

ヤマザキ だから日本人は忍耐強いんだ。イタリア人は忍耐強くない。とにかく我慢が苦手ですから。イタリア人と限らず、地中海沿岸の南ヨーロッパや南米のラテン系の人たちに共通する傾向ですね。

中野 ドーパミン受容体の、あるタイプの遺伝子の分布から見るとスペイン、アルゼンチン、ブラジルあたりにそういう傾向の人が多いようです。

 ラテン系の人たちは我慢するよりも、多動的に素早く動くことによって利益を最大化する戦略を取ってきたのですね。日本人みたいにじっと耐えて、最後に美味しいところをもらおうとは考えない。

ヤマザキ 中野さんがおっしゃったその戦略が、今回イタリアの取った感染対策そのものだったわけですよ。

中野 マリさんはどうして「イタリアで医療崩壊が起きる」と分かったんですか?

ヤマザキ イタリアの医療の水準は決して悪くはありません、むしろOECD(経済協力開発機構)では高評価されていました。在留資格のない外国人ですら、病気になれば緊急医療は無条件で受けられるし、入院もできる。

 ただ、私は過去に3度イタリアの病院に入院したことがありますが、そのうちの2回は病室が満員で廊下にベッドを置かれました。医療環境が万全ではないことは、当時から指摘されていたところに、数年前からの医療費削減で病院の数も減っている。

 希望者に対して一斉にPCR検査を実施し、多くの高齢者や、日本では自宅隔離で様子を見てくださいというレベルの症状の人でも、イタリアでは万全を期して入院という措置が取られていた可能性がある。

 そんな調子で疑わしい人々を入院させていたら、医療崩壊になってしまうのは必至です。夫にそれを言ったら、「感染しているとわかれば本人も周りも自覚を持って行動がとれるじゃないか、検査数を抑えていたら医療の対策にもつながらない」と。

中野 何事も肯定的に捉えるのですね。

ヤマザキ 苦境も捉え方次第では強みになる、という考えが彼らにはあるように思います。まあ、長きにわたる歴史の中で本当にいろんな目に遭ってきた国ではありますからね。

 そういえば学生時代、アパートをシェアしていたナポリの男子大学生が失恋をした場面を目撃したことがあるんですが、女性が出て行ってしまった直後、彼は涙を流しながらワインをグラスに注ぎ、居間にある鏡に自分の姿を映しながら飲んでたんです。

 自分の傷を自分で治癒させられる人を目の当たりにして、この国は一筋縄ではいかないな、と感じたものでした。

 ※本稿は『パンデミックの文明論』(文春新書)の一部を抜粋したものです。

『パンデミックの文明論』

新型コロナについての議論で意気投合した二人が緊急対談。
古代ローマ帝国から現代日本まで、歴史を縦軸に、洋の東西を横軸に目からウロコの文明論が繰り広げられる。世界各国のコロナ対策を見れば、国民性がハッキリ見える。

著 ヤマザキマリ・中野信子
800円+税(文春新書)
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ヤマザキマリ

1967年、東京都生まれ。漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきとの共著、新潮社)、『オリンピア・キュクロス』(集英社)、『国境のない生き方』(小学館新書)、『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)など。

中野信子(なかの のぶこ)

1975年、東京都生まれ。東日本国際大学特任教授。脳科学者、医学博士。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から2010年までフランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務。