自粛明けに映画館へ行って 感じた想い

――池松さんは、こう言っては何ですが“漠然とした不安“がありますか?

 ありますよ。

――そういう感覚は、かなり子供の頃から? それとも、俳優という仕事をするようになってからですか?

 俳優であるからこそ、意識的に自分の感性を育ててきた部分というのは確実にあるかもしれません。だったら、もともとある資質を育ててきただけなのかもしれません。

 どっちなのか分かりませんが、はっきりと言えることは、自分に責任というものを課せば課すほど、不安は増えるものだと思います。

 さらに昔は知らなくて良かったこと、10代で漠然と思っていたこと、20代ではっきりと見えてしまったこと、大人になるということは、責任と不安を伴うものだとも思っています。

 それに対してどう受けて立ってやろうかというのは、その時々で色々と考えています。

――30歳になり、今まで経験したことのない新しい時代にもなりました。池松さんはこれから何を基準にしていきたいと感じますか?

 とても難しい質問ですが、少なくとも物の価値を提供していかなければいけないので、何にどれだけ価値があるのかということは、自分が選択する義務があると思っています。

 観てくださいというからには、映画だったらその人から2,000円近くをいただくこと、2時間を奪うこと、そのことにとことん向き合っていかなければいけないと思います。

 そのためには映画のチームの基準と、僕自身の基準と、この社会で生きる人々の気分と、たくさんのことを見つめなければいけません。

 さらに基準というのは人それぞれです。とにかく頭を抱えることを前提に、やっていきたいと思います。

――『僕は猟師になった』は、動物好きのかたにとってはやや残酷な描写もあります。そこを乗り越えてCREA WEBの読者には映画を観てほしいと思うのですが、池松さんから読者の背中を押していただけませんか?

 勝手なことを言うと、本来そういうかたに、まずは観ていただきたいと思っています。

 僕も動物好きな部類です。出来ればそういう描写はみたくありません。千松さんだって、監督の川原愛子さんだってそのはずです。

 そもそも社会とは一人ひとりに責任があるという形態ですよね。グローバル化を、これだけぐんぐんみんなで推し進めればなおさらです。

 携帯を持ってSNSを手にした時点で、人類は等しく同罪です。もっと個人の切実な生活の悩みを抱える人に対して、それでも目を向けてほしいとは思えません。

 でも、少しでも自分や家族や大切な人たちが生きる、この世界を考えるための余力がある方と考えてみたい問題が、この映画の中にはあると言えます。

 普段目を向けずに生きていられる環境が、今はあるわけです。誰かのおかげでです。

 食べるということ、そして生きるということを、ちょっと2時間だけ没頭して考えてみませんか、というのがこの映画だと思います。そのことに少しでも興味を持ってもらえたら。意識が高い低いとかではなく、今地球が抱えるひとつの課題、新しい時代を生きることへの課題を受け取ってもらえるのではないかと、そんなふうに思っています。

 それから今、映画館は存続の危機。心配している人にも、知ったこっちゃないという人にも、その事実は等しく変わりありません。

 僕も自粛期間が明けてから何度か通っていますが、やっぱり久々に行くと格別なものだなと感じます。

 たくさんの物語を映してきた、あるいは観る側の物語すら包み込んできた映画館のあの暗闇の中にいると、家で観るのとでは比べ物にならない没入感があります。

 良い映画も、つまらない映画も含めて、あそこで浴びる光、あるいはあそこで探す光、あそこで見つめる影には、何か不思議な力があるのだと思っています。

 大袈裟かもしれませんが、これだけ長い間、人を魅了してきた場所には、何かしらの力があるのだと思います。

 宣伝であれど、こんな時期に映画館でぜひ観てくださいとはなかなか言えませんが、ただ、こういう世の中に揺らぎがあるときには、誰かの人生や、誰かの物語に逃避したくなるかたは多いと思います。

 もしもお時間とご興味がありましたら、よろしくお願いします。
 
――生き物の命を獲らないと、肉は得られない。残酷ではあるけれど、自然な行為でもあります。

 これは『宮本から君へ』のテーマでもありましたが、本来生きるということがとても残酷さを帯びていて、生きるということは、誰かを殺すということなのだと思います。

 生きるということが昔よりも簡単になった分、そのことを忘れてはいけないと思っています。

 その覚悟を引き受けて、おいしいと言ったり、喜んだり、笑ったり悲しんだり、幸せだ不幸せだと言わなければならないのだと思います。

 乖離しているわけでは決してなく、両手に握りしめておかなければならないのだと思います。

 すぐに手放してしまいがちですが、そしたらまたすぐに拾って握りしめていけばいいと思っています。

 そのために今の時代には、映画や物語があるのかもしれないとも思っています。

池松壮亮(いけまつ そうすけ)

1990年7月9日、福岡県生まれ。2003年、ハリウッド映画『ラストサムライ』(エドワード・ズウィック監督)で映画デビューを果たす。14年、『愛の渦』『ぼくたちの家族』『紙の月』などにて第38回日本アカデミー賞新人俳優賞、第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。17年、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』にて、第39回ヨコハマ映画祭主演男優賞ほか受賞。19年、『宮本から君へ』(真利子哲也監督)にて、第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞ほか受賞。

『僕は猟師になった』

京都大学在学中に狩猟免許を取得したわな猟師、千松信也さんに密着し、大反響を呼んだNHKの「ノーナレ/けもの道 京都いのちの森」(2018)。追加取材し、千松さん一家の暮らしを織り込み、池松壮亮のナレーションを加え、劇場映画として再構成した。
監督 川原愛子
https://www.magichour.co.jp/ryoushi/
2020年8月22日(土) ユーロスペースほか全国順次ロードショー

2020.08.23(日)
文=石津文子
撮影=榎本麻美