アンニュイというより 楽しいかたなのに
岡村 小林さんの子ども時代は結構孤独だったそうですね。
小林 そうなんです。
岡村 お父さんは外に恋人がいて帰って来ない、お母さんは美容師として忙しく働いていて。小林さんの「子ども中心」は、そういう家庭環境も影響していますか?
小林 反面教師かもしれませんね。子供より自分の人生を謳歌する親だったので、私はいつも1人でした。でも、それが心の傷になったということではないんです。1人だったからこそ自由奔放でいられたし、そこで培ったものもすごく多かった。放っておいてくれてありがとうって感謝してるんです、いまとなっては(笑)。
だけど、学校から帰ったら母には家にいてほしかったし、土日は父と一緒にどこかへ行きたかった。お小遣いなんていらないから、そういう生活をするのが夢だった。
岡村 しかも、10代の頃は病気がちで入退院を繰り返されていた。そういった部分も人格形成に影響を与えたと思いますか?
小林 でしょうね、振り返れば。
岡村 というのも、小林さんって、どこか陰があるんです。今回、お会いするので小林さんが出ていらした80年代のCM集を改めて観たんですが、憂いのある表情が多いんです。アンニュイというか。
そもそも「アンニュイ」という言葉は、小林さんのイメージとともに流行りましたし、ユーミンさんが作詞した「雨音はショパンの調べ」も小林さんの憂いのある歌声とともに大ヒットした。こうしてお会いしてみると、とってもサッパリした楽しいかたなのに(笑)。
小林 せっかちなんです、私。大田区大森の下町育ちなんで(笑)。
岡村 江戸っ子ですよね。
小林 結局、暗いイメージで、と注文される仕事が多かったからなんですが、根がそうだから、というのは多分にあるでしょうね。15、16の多感な頃は、ずっと病院で過ごしていましたし。悪い病気だといわれ、もしかしたら死んでしまうのかもしれないと思いながら。
しかも、両親は自分のことに忙しい。母は毎日来ましたが、父はまったく。病院でも1人。そのときの心の形成が、後々の仕事に「役立った」のかなって(笑)。
2020.08.16(日)
文=辛島いづみ
撮影=杉山拓也