利益を社会に還元する

「ビジネスのことを教わっていたなら私はきっと成功しなかったでしょう」
――アニータ・ロディック

 アニータ・ロディックが考えたのは、野菜やチーズのように、化粧品を量り売りできないかということです。原料にもアイデアがありました。世界を放浪していた時に知った、カカオバターやアロエベラ、ホホバオイルなどの天然素材です。彼女は電話帳で見つけた「ハーブ商」という小さな薬品会社に連絡し、25種類の商品を開発。安くて大きさのバリエーションがある尿採取用のプラスチック容器に詰め、手書きの説明付きラベルを貼りました。容器が十分に用意できなかったので、手持ちの容器や使用済み容器に詰め替えるリサイクルも呼びかけます。

 ザ・ボディショップ1号店オープンの日、アニータは歩道にストロベリー・エッセンスを撒いて通行人を店に導きました。話題の店となり、周辺の葬儀会社から「店名が商売に差し支える。変更しないと訴える」と脅されましたが、地元の新聞社にこのことを話します。すると記事が出て、またお客がつめかけたのです。

 2号店をオープンした後、夫が旅から帰国し、夫婦の共同作業となります。「そちらの商品を扱うお店を開きたい」という申し込みが来るようにもなり、どんどん許可。フランチャイズ形式で店舗を増やします。アニータは、ビジネスについて学んだ経験はありません。本来、小売業者は物を仕入れる際に手形を切り、製造業者はそれを何カ月も後に現金化しますが、アニータは原料を仕入れたら即座にお金を払っていました。結果的に取引先と非常にいい関係になり、信頼を得ます。これも事業拡大の要因になりました。

 1984年に株式公開した際、株が高値で取引されたため二人は大金持ちになります。しかしもともと金持ちになるために始めたビジネスではないので、利益を社会に還元しようと考え、環境保護団体を支援したり、店頭で寄付金を募ったり、様々なキャンペーンを行うようになります。中でも有名なのは、アマゾン川流域の熱帯雨林を守る運動と、動物実験反対運動でした。これらはブラジル政府やEUに圧力をかけることになりました。

 また、開発途上国に対して「援助ではなく取引を」というスローガンを立て、現地の人たちがビジネスが行える仕組みを作りました。アニータ・ロディックは、2007年にC型肝炎で亡くなるまで、自分の理想に従うことで誰も考えなかった新しい取り組みを行う、カリスマ女性経営者であり続けました。

池上彰
1950年長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。記者やキャスターを歴任し、2005年にフリージャーナリストとして独立。東京工業大学教授。CREA連載を書籍化した『世界を変えた10冊の本』(小社刊)も好評発売中。

2013.02.04(月)
composition:Yukari Nukumizu
photographs:Atsushi Hashimoto / REX FEATURES(Aflo)

CREA 2013年2月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

一生分のお金のつくり方

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定価 670円(税込)