「心で演じる」勘三郎が伝えた役者魂

 勘三郎さんは、自らの言葉をそのまま実行に移し、鶴松さんを我が子のように大切に、そして厳しく育てました。

 鶴松さんが役者として成長するためのきちんとした計画が勘三郎さんの頭の中にあったようで、その計画に沿って鶴松さんは課題を与えられます。

 この英才教育には、勘三郎さん自身の信条が貫かれ、鶴松さんにも歌舞伎を演じる上で大切にしていたことを伝えていました。

 「勘三郎さんから一番言われたのは、右手を胸に置きながら“ここだよ、心だよ。型を身につけることも大切だけど、心がしっかり動けばいい。型は後からでも勉強できるから”ということでした。

 僕がこれまで勤めさせていただいたお役で特に大変だったのが、『筆屋幸兵衛』(河竹黙阿弥作『水天宮利生深川』の通称。2007年12月・歌舞伎座)で幸兵衛の娘、お雪を演じたときのことです。

 舞台に出ずっぱりの役で、中学生だった僕はちょうど声変わりで声が出ない時期でしたが、ずっとしゃべり続けていなければなりません。幸兵衛に並ぶくらい重要な役どころでした。

 妻に先立たれて、筆を売りながら暮らしている没落士族の幸兵衛一家が借金取りに追われて心中をしようとする話で、幸兵衛は子どもを殺そうとしても殺せなくて発狂するという役なんです。勘三郎さんも貧しい人を演じるために爪とかも真っ黒にして、役になりきっているように傍にいて感じました。

 それで、娘を演じる僕には筆などを投げつけたり、ボロクソに怒ったりするんですが、本番中なのに「こうやれって、言ってるんだよ!」とか、毎日、舞台上でダメ出しをされました。本当に恐かったです……。

 12月2日が初日で26日が千穐楽だったのですが、クリスマスイブに“厳しく言っているけれど、毎日段々良くなってきているよ。厳しくしているのはお前のためだからね”と書かれた手紙をくださいました。

 すごく怒るんですけど、後でフォローもしてくださる方でした。今でもその手紙は大切にとってあります」

2020.07.15(水)
文=山下シオン
撮影=佐藤 亘
スタイリング=木村厚志
ヘアメイク=AKANE
衣装クレジット=ニット26,000円/JOHN SMEDLEY(Lea Mills Agency)