王侯・貴族以外の肖像が稀だった時代に新しい社会階層を描いた
サン・ニコラス教区聖堂(サンタ・クルス美術館寄託)、トレド、スペイン
(C) Parroquia de San Nicolás de Bari. Toledo. Spain.
ルネサンス美術の基本的な構造が、唯一の神による完璧な調和をイメージさせる「真円」であるならば、対抗宗教改革の時代に登場してくるバロック美術は、聖と俗、あるいは新教と旧教、ふたつの焦点から作られる楕円、あるいは螺旋の構造を持っている、と言える。エル・グレコ畢生の大作であり、今回の展覧会の目玉として出展される、高さ3メートルを超える祭壇画「無原罪のお宿り」は、まさにその螺旋の構造がはっきりと絵の上に記された、劇的な作品なのだ。
乱舞する色彩と、螺旋を描いて天上へ向かうエネルギーの渦の中に、十頭身以上の極端なプロポーションに引き延ばされた聖母マリアが浮かぶ。見たままの現実を写実的に表現するのではなく、大胆にデフォルメした形態、非現実的な色彩を用いて、時代の信仰心に根ざしたメッセージを印象的に伝えようとした、エル・グレコ晩年の作風が明快に表れている。
グラスゴー美術館(ポロック・ハウス)、イギリス (C) Culture and Sport Glasgow (Museums)
右:エル・グレコ〈修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像〉 1611年
ボストン美術館 Photograph (C) 2012 Museum of Fine Arts, Boston.
また宗教画ばかりでなく、エル・グレコがその名を知られるきっかけとなった肖像画も多数出展される。一部の王侯や貴族以外の肖像が稀だった時代、聖職者や大学教授といった新しい社会階層を端正に描いた作品からは、人物の容貌を超えて、その内実に迫ろうとした画家の鋭い眼差しを感じることができるだろう。
ブダペスト国立西洋美術館 (C) Museum of Fine Arts, Budapest, 5640
奇美博物館、台南、台湾 (C) CHI MEI MUSEUM, TAINAN, TAIWAN
ひとつ注意しなければいけないのは、いま「画家」と呼ばれ、絵が専門だと思われている芸術家が、当時は当たり前のように建築や彫刻も手がけていること。ルネサンス最大の芸術家であったミケランジェロが、彫刻ばかりでなく、システィーナ礼拝堂の壁画群を描き、ブラマンテ、ラファエロらの仕事を受け継いで、晩年の17年間をサン・ピエトロ大聖堂の建設に捧げたのは、よく知られた事実だろう。
同様にエル・グレコも、祭壇画を描く聖堂の広さや形状、採光といった条件を考慮し、祭壇画のみならず、それを取りつける祭壇衝立も自ら設計。絵画、彫刻、建築が一体となって、その祭壇で執り行われる典礼儀式を最も効果的に演出するよう、計画したのだ。
「ホワイトキューブ」と呼ばれ、作品そのものをほかの文脈から切り離して見ることを第一にした美術館ではなかなかイメージしにくいが、各地の聖堂の祭壇画として制作された作品群について、どのような空間に置かれたものなのか、ぜひイメージを広げながら見てほしい。
「エル・グレコ展」
会場 東京都美術館企画展示室
会期 1月19日~4月7日
休室日 月曜日、2月12日(ただし2月11日は開室)
開室時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで。金曜は20:00まで)
料金 一般1600円
問い合わせ先 03-5777-8600(ハローダイヤル)
Column
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2013.01.26(土)