一見すると、低確率ガチャのようだが……

 基本ルールは、安いタネを植え、交雑によって珍しい色の花を収穫することで、差額で儲ける花卉(かき)栽培です。

 高値の花ほど低い確率で手に入ります。また、野生の花からタネをとると、どんな子孫が生まれてくるか、パターンが読めません。ここまでは一見すると、低確率ガチャのようです。

 しかし花の色が親世代からの遺伝する設定となっているため、レアガチャ攻略のように、花をやたらと栽培すればいつか当たるはず、という望みは決して叶いません。観察し、推測し、仮説を検証する遺伝学抜きには、レア花は手に入らない仕組みになっています。

 逆に言えば、遺伝学を使えばユーザーの手でレア花に到達する方法を発見できるようになっているのです。

 この公式に仕組まれた遺伝学の「裏技」は、ヘビーゲーマーたちに火をつけたようで、攻略サイトではいかに効率的に、最短経路でレア花にたどり着くか、全ての遺伝パターンを解析することで新しいルートが「発見」されていきました。

 つまり第一のナゾの答えは「ヘビーゲーマー向けのやりこみ要素として公式に遺伝学が実装された」と考えられるでしょう。

 ゲーム攻略のために遺伝学の教科書を引っ張り出す、というのはなかなか素敵な光景です。

実は「古風」とされているメンデル遺伝

 メンデル遺伝学は、実はいまは「古風」とされています。若い人が習う新課程では、メンデル遺伝のような古風な遺伝学は縮小され、DNAを主体とする分子遺伝学の内容が充実しているのです。

 メンデルの遺伝の法則は、DNAが遺伝子の本体であると証明される100年ほど昔、まだ遺伝学という学問が生まれる50年ほど前にメンデルによって見いだされました。

 当時はDNAの存在は知られていませんでしたが、植物を育てて観察するだけで、法則性がみとめられることに気づいたのです。

 メンデルの研究報告は、存命中はなかなか認められず、後に「再発見」されるほど当時は先進的すぎるアイデアでしたが、それから遺伝学の研究が進み、彼の法則に従わない遺伝も見つかってきました。

 そして彼が、都合のいい遺伝だけを報告し、都合の悪い遺伝は報告しない、チェリーピッキングをしていたとの指摘もされて現在に至ります。

 彼のアイデアは先駆的であったものの、リアルの遺伝学はメンデルの想像よりずっと複雑だとわかったのです。

 それでも「あつ森」でメンデル遺伝学が採用されたのはなぜか。おそらく、この花の色(=表現型)は、どのようなコード(=遺伝型)によるものか、推測し、仮説をたて、交配実験を行い、検証することで、これまで未知だった新しい表現型と遺伝型の関係を確かめていくことができるからでしょう。

 このように未知の遺伝子の機能を表現型から推測する手法は「順遺伝学」と呼ばれます。

2020.06.07(日)
文=佐伯真二郎