劇中で3つの楽器を演奏
1年がかりで稽古した大役

 昨年12月にも、梅枝さんはとてつもなく大きな初体験をしました。それが今月も昼の部Bプロ(出演日注意)で演じている『壇浦兜軍記 阿古屋』の阿古屋です。

「若い僕たちがこの大役をどう演じるのか、お客様が注目していらっしゃる様子がひしひしと伝わってきて、それはかつて味わったことのない緊張でした」

 ご指導くださった坂東玉三郎さんを中心に、共に稽古に励んだ中村児太郎さんとのトリプルキャストでの上演。劇場内は水を打ったような静けさで、歌舞伎座のシートを埋め尽くした人々は阿古屋の一挙手一投足に注目し耳をそばだてていました。

 というのも、阿古屋は劇中で琴、三味線、胡弓を演奏する場面があるのです。そのため梅枝さんは児太郎さんと共に1年も前から楽器の稽古に取り組んだのでした。音楽的感動という点において、これは他に類を見ない、独特の味わいを放つ作品なのです。

役の心で曲を奏でる

 物語の背景となっているのは源氏と平家の戦。平家の武将、景清の恋人である阿古屋は、景清のゆくえを詮議する場で楽器の演奏を命じられます。景清の居場所を知らないという阿古屋の言葉に偽りがないか、その音色で判断しようというのです。

「戦乱の世が大きな渦となっている作品です。激動の時代を生きた阿古屋という女性の思いを、楽器の演奏がかなりの割合をしめる芝居のなかでお客様に想像していただく。そこにこの作品独特の面白さがあると思います」

 演奏そのもので観客を魅了しながら、常に阿古屋という役の人物として舞台に存在し続けなくてはならない、高度なスキルや揺るぎない精神力が要求される役なのです。

「そこが何よりの難しさであり、やりがいのあるところでもあります」

2019.12.10(火)
文=清水まり
撮影=白澤 正