現実に“ついていけない”
気持ちを漫画に
今月のオススメ本
『セッちゃん』
セッちゃんは誰とでも寝る女の子。大学の同級生のあっくんは、自分がフツーの側でいられるために、フツーの彼女と付き合っている。そんな2人の、束の間の出会いと別れの物語。「2人のことを小説形式で文章にしてから、組み合わせて漫画にしていきました」(大島)。
大島智子 小学館 1,000円
色で言えば、鮮やかなピンクではなく、ダスクピンク。イラストレーター・映像作家の大島智子が、独自のトーンはそのままに、初の漫画作品を発表した。
「漫画には憧れがあったんですけど、自分には描けないと思っていたんです。でも、編集者の方が声をかけてくださって。『セッちゃん』の最初の2ページだけ、メモみたいなものを作っていたのでお見せしたら“この設定でやってみましょう”って。漫画ってペンじゃないと描いちゃいけないと思っていたら、“いつも通りのシャーペンで良いですよ”って」
セッちゃんのセは、セックスのセ。主人公は、誰とでも寝る女の子だ。
「イラストを描く時はずっと、無敵の女の子を描きたいなと思っています。でも最初に編集者の方から助言されたのは、キャラクターに短所を作ること。すごくイヤでした(笑)。でも、セッちゃんに“自分で選べない”という短所を作ってみたら、どんどん物語が進んでいきました」
ある日、東京でテロが起こる。誰もが「ちゃんと考えろ」「一緒に声を上げろ」と言い出した日常の中で、セッちゃんはフリーズしてしまう。隣りにいて居心地がいいと感じられたのは、何も言わないしセックスもしない、同級生のあっくんだった。漫画を通して伝わってくる2人の「気分」には、東日本大震災発生当時の空気が流れ込んでいる。大島が『セッちゃん』の最初の2ページのメモを作ったのは、その頃だった。
「ツイッターのくだらないつぶやきが大好きだったんですけど、震災が起きてからみんなつぶやかなくなっちゃったか、正義に寄ったツイートばっかりになっちゃったんです。友達に誘われてボランティアにも行ったんですけど、東北から帰ってきた後でみんな、明け方まで東京でお酒を飲んでいる。セッちゃんみたいに、周りに“ついていけない”気持ちになってしまいました」
読みながら、岡崎京子のいくつかの作品が脳裡をよぎった。大島自身は『pink』が一番好きだと言う。平成元年に刊行された『pink』は、バブルのキラキラの影で、時代がもたらす閉塞感に心をきしませる女の子の物語だった。30年後のリアルが、『セッちゃん』なのかもしれない。
「岡崎さんが本のあとがきで“自分の怖いものが怖くならなくなるために漫画を描いている”と書いてらっしゃったことが、ずっと頭に残っていました。だから自分も漫画を描いたんだと思うし、これからも描き続けたいんです」
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2019.01.22(火)
文=吉田大助