額縁入りの絵。台座に載った彫刻。美術と言えばそうした評価の定まった静的なもので、鴨長明が「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」と書いたような、めまぐるしい速さで移ろっていくファッションシーンが「美術館」で鑑賞される対象になる、とは考えたこともない人も多いかも知れない。だがもはや、高校の美術教科書にさえ、三宅一生や川久保玲のデザインした服が掲載される時代だ。日本のファッションにどれほどの価値と可能性があるのか、ファッションのプロ、アートのプロが協働して世に問うたのが、この展覧会である。
展示は海外から始まった。17世紀から現在までの服飾資料約1万2千点を所蔵する(中には1千セットに及ぶコム デ ギャルソンからの寄贈品も!)京都服飾文化研究財団のコレクションから、同財団のチーフキュレーター、深井晃子氏がセレクト、会場構成は建築家の藤本壮介氏が担当した。2010年にバービカン・アート・ギャラリー(ロンドン)、2011年にハウス・デア・クンスト(ミュンヘン)で開催して高い評価を得、待望の凱旋帰国展にあたっては、新たに15ブランドを加えてパワーアップしている。
右:山本耀司 1983年春夏 京都服飾文化研究財団所蔵、小山壽美代氏寄贈、広川泰士撮影
展覧会は「陰翳礼讃」「平面性」「伝統と革新」「日常にひそむ物語」という4部構成からなる。冒頭、まず目に入るのはあの「黒の衝撃」である。非構築的なゆったりしたシルエット、ぼろ布のようにほつれ、不定型な穴の開いたコム デ ギャルソンとヨウジヤマモトの貴重な初期のコレクション。現代の服を見慣れた目で見れば普通にカッコいい服、と思えるが、発表当時はボロルック、乞食ルック、と非難された伝説的な作品だ。第1部では1981年にパリデビューした川久保玲や山本耀司が主調色として展開し、西洋の美意識の枠内に留まっていたファッションの創造性の扉を大きく押し開けたこの黒色の豊かな諧調を、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』との類似から語り起こしていく。
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2012.08.11(土)