『何度でも食べたい。あんこの本』の発売を記念して、この本に掲載されているあんこ名店から4軒をご紹介。小豆の旨さが詰まった菓子と、それを支える職人たちの物語を、著者の姜尚美さんが綴ります。
職人気質のセルフ最中
◆中村製餡所の
あんこ屋さんのもなかセット
(京都市・大将軍)
「一条通にすっごい最中(もなか)を出す製あん所があるよ。行っといで」
西に有望な筆者ありと聞けば仕事を依頼し、東に悩む作家あれば激励し……というスジガネ入りの人格編集者であるS先輩は、今度『あんこの本』を書くんです、と近況報告しただけで、その日も間髪入れずに正解をくれた。
その最中は、あんこと皮が別売りになっているセルフタイプで、自家製あんこはもちろん、アイスクリームを挟んでもにわかには溶けない焦がしの皮が絶品らしい。
善は急げ、だ。自転車にまたがり、さっそく出かけた。
向かった先は、北野天満宮そばの大将軍(たいしょうぐん)商店街にある[中村製餡所]。外観は「駐車場兼倉庫」といった感じで躊躇するが、よく見ると、毛筆で「あんどうぞ」などと書かれた案内板がある。事務所の窓には「あんこ屋さんのもなか1日限定30セットの販売になります」の張り紙。やはりここだ。
声をかけると、すりガラスの窓の向こうで人影が動き、男性が出てきてくれた。
「粒あん、こしあん両方ありますけど、どうしましょ」
なんと白のこしあんまであるという。あんこはどれも500グラム、最中の皮は10組入り。秒速で迷った末、粒あんを選んだ。
家に帰り、さっそく儀式に入る。菊形の皮がこわれないよう慎重に、あんこを山形に盛り上げ、すきまができないようサンドする。
サクッ……。
すごい。真冬の地表に降りた霜を踏むような軽さだ。それに、あんこのおいしいこと。粒あんにもかかわらず、小豆のえぐみみたいなものがきれいに取り去られている。甘さも清らか。すがすがしい。教えてくれた先輩に心で感謝しながら、さっそく取材を申し込んだ。
[中村製餡所]の創業は、明治41年(1908)。和菓子屋さんなどに生(なま)あんや練りあんを卸す、製あん所の老舗だ。現店主は4代目の中村吉晴(よしはる)さん。あん作りに関して一番神経を使うのは、やはり小豆の仕入れだそうだ。
「やっぱり安い豆から取り合いになるんです。でもそっちは、はなから見てないですね。農家の方は、100パーセント小豆の良し悪しをわかってます。わかって値段をつけてる。だから、安いのはまずい。逆に、高くてまずい豆はないんです。うちは北海道産の豆を仕入れていますが、品種は決めず“その年最高の豆”という決め方をしています」
こと小豆になるとキッパリした口調の中村さんだが、うちのあんこを食べてあんこが好きになったと言ってくれる人がとても多いんです、と話す表情はやわらかい。
「でも、どうしておいしくできるのかは、作ってる僕にもわからないんですよね。だから、昔からのやり方を変えずにやるしかなくて。いかに機械化しないか。手で触り、目で見て、小豆と会話するか。この2点に全力を注いでいます」
2018.03.27(火)
文=姜 尚美
撮影=齋藤圭吾