『何度でも食べたい。あんこの本』の発売を記念して、この本に掲載されているあんこ名店から4軒をご紹介。小豆の旨さが詰まった菓子と、それを支える職人たちの物語を、著者の姜尚美さんが綴ります。
» 第1回 京都・松壽軒のあんころ餅
» 第2回 福井・えがわの水羊かん
» 第3回 京都・中村製餡所のあんこ屋さんのもなかセット
あんドーナツと呼ばないで
◆萬々堂通則のぶと饅頭
(奈良市・奈良町)
もしも近くにこのお菓子を食べたことのある人がいたら、試しに「ぶと饅頭ってどんなお菓子?」と訊いてみてほしい。十中八九、「あんドーナツみたいなもんよ」と返ってくるはずだ。まあ、それも名回答には違いないが、ちょっと的を射すぎていて風情がない。包み紙をむくなりムシャムシャ食べられてしまいそうな感じだ。
かくいう私も同じ穴のむじなで、このお菓子を作っている江戸時代創業の御菓子司[萬々堂通則(まんまんどうみちのり)]での取材中、「ミルクもいいですけどカフェオレにも合いますよね」などと、かなりあんドーナツ寄りの発言を繰り返していた。すると女将さんの河野美知子(こうの みちこ)さんが、「まあ、あんドーナツみたいとは、よう言われますけど……」と少し残念そうな顔をされたのだ。
その場でしばし反省した。あんドーナツ以上の「ぶと饅頭」を知ろうとしていただろうかと。
そもそも「ぶと」とはなんだ。「ぶと」は、漢字で「餢飳」と書く。「餢飳」は、奈良・飛鳥時代に遣唐使が伝えた唐菓子の一種で、伏したウサギに似ることから「伏兎」とも書くらしい。春日大社の神様・武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白い鹿に乗って奈良に来た時から今日まで1300年以上、社の神饌菓子(しんせんがし)として祭礼に欠かさず供えられてきた。神職さんは、「餢飳が作れて一人前」と日々訓練に励むそうだ。
その餢飳、米粉を餃子のような形にして油で揚げたもので、実際には焼いて醤油でもつけないと食べられたものじゃないらしい。そこで春日大社の宮司さんと親しかった先々代が、これをお菓子にしてみたいと直々に許しを得て、こしあん入りの揚げ菓子にした。
「餢飳」の生地は米粉だが、「ぶと饅頭」の生地は小麦粉と卵。北海道産小豆を使った自家製のこしあんは、「ぶと饅頭」用に水分を飛ばして固めに仕上げる。美知子さん曰く「ドーナツみたいにベトベトするのはいやだから」、とうもろこし油で揚げて軽さを出す。
実はこの「ぶと饅頭」、砂糖をまぶす前にもうひと手間かかっている。『あんこの本』としては是非書きたい内容だが、書かないでと言われてしまったので今回は割愛。でもそれを聞いて余計あんドーナツと呼べなくなった。これは手の込んだ上菓子だ。興味がある人はお店で訊いてみてください。
萬々堂通則(まんまんどうみちのり)
所在地 奈良県奈良市橋本町34 もちいどのセンター街
電話番号 0742-22-2044
営業時間 9:00~19:00(木曜10:00~17:00)
定休日 木曜不定休
※ぶと饅頭 216円、箱5個入り 1,188円~
※通販可
姜 尚美(かん さんみ)
1974年京都生まれ、在住。「Meets Regional」「Lmagazine」などの雑誌編集部を経て、2007年よりフリーランスの編集者およびライター。他の著書に『京都の中華』(幻冬舎文庫)、共著に『京都の迷い方』(京阪神エルマガジン社)がある。
『何度でも食べたい。あんこの本』
みずみずしいあんこ、ふわふわのあんこ、ジャンクだけれど泣きたくなるあんこ……あんこが苦手だった著者が「手のひらを返すように」開眼し、京都、大阪をはじめ、全国36軒を訪ねたあんこを知る旅。小豆の旨さの活きる菓子と職人達の物語がぎゅっと詰まった一冊。7年半分の「あんこ日記」も特別収録。
姜 尚美・著
本体850円+税 文春文庫
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何度でも食べたい
「あんこ」のお話
2018.03.30(金)
文=姜 尚美
撮影=齋藤圭吾
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