天才・葛飾北斎こそ
印象派の生みの親だった
左:葛飾北斎『北斎漫画』十一編(部分) 刊年不詳 浦上蒼穹堂
右:エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》1894年 吉野石膏株式会社(山形美術館寄託)
印象派が日本で異様な人気を誇ることには、れっきとした理由がある。もともと印象派絵画には、日本の美のエッセンスがたっぷり含まれているのである。
十九世紀後半、西洋では「ジャポニスム」と呼ばれる現象が沸き起こった。鎖国を終えた日本から多くの文物が伝わると、これまで想像もしなかった美の基準があることに西洋人は驚嘆したのだ。
とりわけ強く反応したのは、新しい美を探し求める芸術家たち。彼らの目に、日本美術はとにかく斬新に映った。西洋美術がルネサンス期に編み出した遠近法に縛られぬ自在な構図。大義や象徴とは無縁の取るに足らないモチーフを平気で主題に置いてしまう大胆さ。油彩画ではまず実現できない独特の色使い。西洋の伝統に浸かったままでは、まず思いつけないものばかり。
そうした新しさを自身の創作へ積極的に取り入れていったのが、印象派と呼ばれる画家たちだった。モネ、ルノワール、ドガ、ピサロ、カサット……。伝統的な西洋美術の流儀を打破せんとした彼らは、日本美術からの刺激を大いに糧とした。
光を画面いっぱいに取り入れて、身近なモチーフを描く。印象派を印象派たらしめるそんな特長は、日本美術との出逢いなくしては確立されなかったろう。印象派の系譜を継ぐゴーガン、ゴッホ、セザンヌ、ボナールらの作風も、ことごとくジャポニスムを体現している。
ジャポニスムの発端となった日本美術はどんなものだったかといえば、浮世絵版画が中心を成す。なかでも葛飾北斎の存在感は抜きん出る。森羅万象を圧倒的な筆力で描き出した『北斎漫画』や、『富嶽百景』「冨嶽三十六景」などに見られる変幻自在の風景画が、西洋に出回り人気を博した。名だたる画家が模写をしたり、ポーズや構図を真似て制作をした。十九世紀西洋画家たちにとって、北斎こそが最高の先生だったのだ。
右:葛飾北斎《冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷》1830-33(天保元-4)年頃 ミネアポリス美術館 Minneapolis Institute of Art, Bequest of Richard P. Gale 74.1.237 Photo: Minneapolis Institute of Art
上野の国立西洋美術館で始まった『北斎とジャポニスム』は、タイトル通り西洋近代美術の展開を北斎というキーワードから読み解こうという展覧会。「お手本」たる北斎作品は錦絵約40点、版本約70冊を展示。同時にモネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンらの名品約220点も集められた。実際に比べてみれば、ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》と『北斎漫画』に出てくる裸の男性はポーズがそっくり。セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》と《冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二》は構図がぴたり重なる。芸術文化は学び学ばれ、影響を与え合いながら進展していくものと深く納得させられる。
『北斎とジャポニスム
HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』
会場 国立西洋美術館(東京・上野)
会期 2017年10月21日(土)~2018年1月28日(日)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://hokusai-japonisme.jp/
※会期中展示替えあり
2017.12.02(土)
文=山内宏泰