東京を書くなら、
東京にしかいない人種を書きたかった
今月のオススメ本
『あのこは貴族』 山内マリコ
花ムコ候補と待ち合わせた激安大衆居酒屋で男女共用の黄ばんだトイレを見た瞬間、「一分一秒もここにいたくない」と松濤の我が家へきびすを返す……というシーンを、上から目線と感じさせずに共感させる、作家の人物造形力に脱帽。上京女子の雑草魂もイイ!
山内マリコ 集英社 1,500円
結婚をすると、人生が変わる。人生を変えたいから、結婚をする。世の中にはそんなインフォメーションが溢れているが、変えないために結婚をする、という選択もあることを山内マリコの小説は教えてくれる。
『あのこは貴族』。1人目の主人公・榛原華子は、代々続く東京生まれ東京育ちの家系に生まれた、筋金入りのお嬢様だ。26歳で仕事を辞め家事手伝い状態になった彼女が、家族の後押しを受けて婚活に励むこととなる。
「今まで地方都市の女の子をいっぱい書いてきたので、そろそろ東京を舞台にした小説を書こうと思いました。どうせ書くなら東京でしか成立しないお話にしたいなと考えていったら、東京にしかいない人種の存在が浮かんだんです。この階層の方々には名前がついていなくって、“エスタブリッシュメント”としか言いようがない。私は“貴族”って翻訳したいです」
東京に確かに存在するけれども、階級の違いゆえに出会うこともなければ、出会っても関わり合えずにすれ違う。そんな一群の人々を嗅覚で探り当てた小説家は、ツテを辿って本人達へのインタビューを敢行した。
「丸2年を取材に当てました。その中でも、代々受け継がれてきた家族のスタンスを変えないようにするために結婚相手を選ぶ、というルールをのみ込むのが一番大変でしたね。我が家は真逆で、“あんたが好きなら誰でもオッケー!”だったので(笑)」
同じ人間である以上、彼らが抱えている悩みは決して理解できないものではない。そればかりか、自分と同じ種類の悩みを抱えていることに驚き、目を開かされることだろう。その驚きを増幅させるためにも、2人目の主人公・時岡美紀の登場が重要だった。32歳の彼女は北国の漁港の街出身で、大学進学と共に上京し東京でサバイブし続けている。華子と美紀、出会うはずのなかった2人が、ひとりの男を挟んで、出会う。
「華子と美紀を対立させるつもりはありませんでした。出会うことで鮮明になる、それぞれの人生の違いを丁寧に描いていきたかったんです」
終章で描き出される特別な関係性、会話の隅々にまで宿る真実の感触は、作家が辿り着いたひとつの到達点だ。
「結婚に強く憧れる女の子って、結婚式の後に長い長い人生が待っているぞっていうことを、うまく想像できていないんじゃないかなと思うんです。結婚が、ゴールではない。そもそも結婚という選択じゃなくてもいいのかもしれないじゃないですか」
山内マリコ(やまうちまりこ)
1980年富山県生まれ。2012年『ここは退屈迎えに来て』で作家デビュー。『アズミ・ハルコは行方不明』が映画化され話題に。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2017.02.03(金)
文=吉田大助