写真を「記録」から「芸術」にした英国人女性の軌跡

写真芸術の先駆者ジュリア・マーガレット・キャメロンのオリジナルプリントをはじめ、書簡などの資料も充実。彼女の思考が垣間見えてくる。ジュリア・マーガレット・キャメロン《ベアトリーチェ》1866年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

 画面全体がソフトフォーカスでぼんやりしているのだけど、瞳にはピントがきており、愁いを含んだ視線に色香が漂う。

 服のシルエットや質感もよくわかるので、褪せた色調でさえなければ、最近撮られた映画俳優のスナップショットかファッション写真だと言われても、すぐ納得してしまいそう。上に掲げたそんな写真が、じつは150年前の作品と聞けばやはり驚いてしまう。19世紀の英国を生きたジュリア・マーガレット・キャメロンによるものだ。

 この名前には、さほど聞き覚えがないかもしれない。でも彼女こそ、モノを忠実に記録する写真という技術を、芸術方面へも振り向けようとした先駆者だった。今は誰しもスマホで日々写真を撮りまくる時代。記録やメモ代わりだけでなく、思い出に残したいシーンや大切な人の姿を、せっせと画像にしてため込んでいる。そうした写真の使い方を提唱し実践したのが、キャメロンだった。日常で気軽に写真を楽しむ私たちは、彼女に大いに感謝すべきなのである。

 裕福な環境に身を置き、名士たちとの交流も多い生活を送っていたキャメロンが、娘からのプレゼントとして初めてカメラを手にしたのは、1863年。彼女は48歳だった。写真術が発明されたのは、公には1839年とされている。誕生間もない技術だったわけだが、その存在は世間に知れ渡っていた。すでに世界中に広まっており、開国間もない日本でもたくさんの作例がある。

左:ジュリア・マーガレット・キャメロン《五月祭》1866年頃 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London
右:ジュリア・マーガレット・キャメロン《ミューズの囁き》1865年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館蔵 (C)Victoria and Albert Museum, London

 その頃の欧州では、肖像画の代替物とするのが、ポピュラーな写真の使い方だった。人の顔かたちを、そっくり生き写しにできることが喜ばれたのだ。けれど、キャメロンがやろうとしたことは違った。カメラの技術的にはもっとシャープな画像が得られるはずなのに、露出時間を長くしたりして、あえてピンボケ風の柔らかい画面をつくり出した。モノを克明に記録することにさして興味はなかった。それよりもそのとき、その場所に差していた光、流れていた空気、被写体となった人物がまとう雰囲気、内面に抱えている想いを留め残そうとした。写真という最先端技術は、芸術にも昇華し得る。そうはっきり示したのだった。

 2015年はキャメロンの生誕200年にあたり、これを記念して英国ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が企画した大回顧展が、今夏東京にも巡回してくる。キャメロン作品がこれだけまとまって見られるのは日本で初めてのこと。時代に先駆けた英国人女性の洗練された美意識と、被写体への愛情あふれるまなざしに、ぜひご注目を。

『From Life――写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展』
会場 三菱一号館美術館(東京・丸の内)
会期 2016年7月2日(土)~9月19日(月・祝)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://mimt.jp/cameron

2016.06.23(木)
文=山内宏泰

CREA 2016年7月号
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