世界を肯定する絵画芸術に、ひたすら浸りきってみる
幸せな家庭は似通うが、不幸なそれはまこと多様──。
19世紀にそう喝破したのはトルストイだった。さすがは文豪の言葉、今もそのまま頷ける法則と思う。ということは、だ。芸術表現を生むにあたっては、不幸を題材にしたほうが容易に個性的な作品ができ、幸せを描くと陳腐に陥りがちといえそう。確かに小説、映画、歌詞、どんなジャンルでも、全篇幸せいっぱいの作品なんてあまりお目にかかれない。戦争に悲恋と、苦難がこれでもかと盛り込まれているのがほとんど。
でも、どうせなら、ポジティブな要素ばかりでできた作品にだって、出合ってみたい気がする。そう考えて美術史を見渡せば、じつはすぐそこにあるではないか。印象派の巨匠としておなじみ、ルノワールの絵画群がそれだ。
陽光あふれる戸外の風景。無垢な表情を見せて佇む少女の肖像。マシュマロを積み重ねて構築されたような白くて柔らかい女性のヌード。ああ、画面のどこに眼を向けても、まさに幸せそのもの。あまりにキラキラして美しいのが鼻につくのか、思想性のなさや甘ったるさを指摘し軽んじる向きもあるけれど、やっかみだと思う。ルノワールはむしろ、世界を丸ごと肯定しながら芸術は可能か? そんな難題に真正面から挑んだ、当時としては最も先鋭的なアートの冒険者だったといえる。
幸せの表現を突き詰めて、大いなる達成を為したルノワールによる、大規模な個展が東京で開かれている。フェルメールと並んで、日本で異様なまでの人気を誇る画家ゆえ、あちこちの企画展に1点または数点が出品されることは数多いけれど、今回はそうした客寄せ仕様の展示とはまったく違う。印象派コレクションで質、量とも最大規模を誇るパリのオルセー、オランジュリー両美術館所蔵品から、100点超が運ばれてきたのだ。文句の付けようもない。
右:《都会のダンス》1883年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
出品作には、それぞれの創作時期における代表作が、きっちり網羅されているのもいい。モネらと活動をともにして印象派の作風を確立した1870年代の《ぶらんこ》や《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》。人物描写にぐっと焦点と関心が移行していく80~90年代の《田舎のダンス》《都会のダンス》《ピアノを弾く少女たち》など。死の数カ月前に完成した《浴女たち》もある。
会場で歩を進めるたび、絵描きとして充実の生涯を送ったルノワールの人物像が、くっきりと浮かび上がる。愛用した絵具箱やパレットも展示されているので、じっと見入れば、人を悦びの境地へ誘うあの豊かな色彩の秘密も、垣間見えそうだ。
『オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展』
会場 国立新美術館(東京・六本木)
会期 2016年4月27日(水)~8月22日(月)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://renoir.exhn.jp/
2016.05.14(土)
文=山内宏泰