「すごいことをやっている」と観客に感じさせない

 昨年、『国宝』の公開直前に、吉沢にインタビューしたことがある。吉沢は振り切ったコメディも数多くやっているが、『青天を衝け』の渋沢栄一などの大人びた役も演じてきたせいか、クールで達観したような人ではないかと想像していた。実際の彼は、飾らない言葉で語る正直な人だった。『国宝』での歌舞伎について、「1年半の稽古でどうにかなるレベルではないということは承知の上で必死で喰らいつくしかなかった」、「意地と精神力が必要だった」と語る表情には意外にも少年のようなわんぱくさを感じて、強く印象に残った。少年性を内包しているからこそ、10代のエヴァンをリアルに体現できたのだと思う。

 『国宝』では歌舞伎を、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』では手話を、『ばけばけ』では流暢な英語を披露。『ディア・エヴァン・ハンセン』の歌唱も、多くの時間と努力を費やさなければできなかったと想像する。さらにプロだなと思うのは、それらはあくまで役の人間を体現する技術の一つに過ぎず、「すごいことをやっている」と観客に感じさせないところだ。まずは技術よりも人物の感情の方に観客の意識は向けられる。

 表舞台に出る人にはどこか「注目されたい」「評価されたい」という気持ちがあるだろうし、吉沢もそういう気持ちがないとは言い切れないが、それよりも役の人物になることに関心が強く向いているのだと思う。『国宝』では、横浜流星がいたから、負けてはいられないと大変な歌舞伎の稽古もやり遂げることができたと語っていた。エヴァン役は柿澤勇人とWキャスト。パンフレットによると、稽古場では柿澤に歌やミュージカルのわからないことを素直に聞いていたそうだ。相手より上手く見せたいというような小さな競争心ではなく、作品をより良くするためにはできることは全てやりたいという、役に身を捧げる真摯な姿勢が大前提にあるのだと思う。

 出演作が歴史的な大ヒットをし、注目され、周囲から羨望の眼で見られるほど、もしかしたら吉沢自身は自分が透明になったように感じるのかもしれない。観客はスター俳優・吉沢 亮を見ているに過ぎず、本当の彼を知る由もないから。スターは私たちが想像もつかないような責任とプレッシャーを抱え、人気が上がれば上がるほど孤独になっていくのだろうと思う。ミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』のエヴァン役も、映画『国宝』の前に演じていたら少し違うものになっていたのかもしれない。これまでの役者人生の全てを賭けた『国宝』の後に、そうそうたるミュージカル俳優たちの中で主演を務めるという更なる挑戦。そう考えると、吉沢エヴァンの孤独が、痛いほど観客に突き刺さるのも納得である。物語は終盤、思わぬ展開を見せ、エヴァンは成長していく。吉沢 亮の俳優人生第2章のスタートに相応しい、新たな代表作の誕生に立ち会えたのは幸福だった。

ミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』

キャスト:(※各役五十音順)
エヴァン・ハンセン:柿澤勇人、吉沢 亮(W キャスト)
ハイディ・ハンセン:安蘭けい、堀内敬子(W キャスト)
ゾーイ・マーフィー:木下晴香、松岡茉優(W キャスト)
コナー・マーフィー:立石俊樹、廣瀬友祐(W キャスト)
ジャレッド:上口耕平、須賀健太(W キャスト)
アラナ:高野菜々、宮澤佐江(W キャスト)
シンシア・マーフィー:瀬奈じゅん、マルシア(W キャスト)
ラリー・マーフィー:石井一孝、新納慎也(W キャスト)
ダンサー:尾関晃輔、澤村 亮、瀬崎宙乃、十川大希、福島玖宇也、藤田実里、渡邉 南

脚本:スティーヴン・レヴェンソン
作詞/作曲:ベンジ・パセック/ジャスティン・ポール
翻訳・演出:小山ゆうな
訳詞:高橋知伽江
企画制作:ホリプロ

東京公演:7月25日~8月23日 EX THEATER ARIAKE
愛知公演:8月29日~9月6日 御園座
大阪公演:9月10日~21日 梅田芸術劇場メインホール