1対1で歌い合う場面は秀逸
ミュージカルでは、俳優の高い歌唱力に圧倒され、感動させられることがしばしばある。本作は、それができる素晴らしいミュージカル俳優が多数出演しているが、歌が物語よりも前に出ることはない。『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』を手がけたベンジ・パセック&ジャスティン・ポールの詞曲(高橋知伽江訳)は、セリフの延長のようで言葉数も多く、耳に残るけれどかなり複雑なメロディー。音程を外さずに歌うには技術を要するだろう。本作の歌唱パートは、歌に酔いしれるというよりは、人物の心情がより深く響いてくる感じ。ストレートプレイに近いミュージカルなのだ。
もとより相手の芝居を受けて、瑞々しく演じることに定評のある吉沢。1対1で歌い合う(演じる)場面が秀逸だった。
一つはエヴァンとゾーイの場面。胸に秘めた恋心を隠そうとしながら、コナーとのエピソードをゾーイに語る「伝えられたら/If I Could Tell Her」。もう一つは、ラリーが亡き息子コナーにしたかったことをエヴァンに語る場面。シングルマザーに育てられたエヴァンに父親との思い出はなく、満たされないものを補うようにラリーとエヴァンが気持ちを通わせて歌う「グローブの慣らし方/To Break In A Grove」。
ゾーイ役の木下晴香もラリー役の新納慎也も、吉沢エヴァンに共鳴しているような、優しさや繊細さが際立つ歌声だった。
何度も印象的な「母と息子」を演じてきた吉沢 亮
2人の場面の中でも、2幕の母親のハイディ・ハンセン(安蘭けい)とエヴァンのシーンは圧巻だ。ハイディはシングルマザーで、働きながら、ロースクールにも通っており、息子と一緒に過ごせる時間があまりない。エヴァンは抱えていた本当の思いを吐露するが、ここでも吉沢はわかりやすい芝居をしなかった。微笑みをたたえつつ、寂しさが抑えきれず溢れでてしまうような表情。この子はまだ10代なのだと痛感させられる。それを受けて安蘭は「大きな家 小さな私/So Big/So Small」を包み込むように歌う。安蘭の隣では吉沢は小さな男の子になっていた。
吉沢は、これまでにも映像で記憶に残る母と息子を演じている。例えば『ぼくが生きてる、ふたつの世界』では忍足亜希子と、ドラマ『PICU 小児集中治療室』では大竹しのぶと。母子だからこそ、わかる部分と受け止めたくない思い、愛情と気遣いとわがままがもつれあってしまう。本作のハイディとエヴァンもそれらに匹敵する、リアルな母子だった。母親だって自分の理想には届かず、完璧ではない。映画『ディア・エヴァン・ハンセン』でハイディを演じたのはジュリアン・ムーア。ムーアより、安蘭のハイディは反骨精神の強そうなロックな女性だった。Wキャストの堀内敬子バージョンではまた別の母子像が見えてくるに違いない。
