震災の影響は珠洲ホースパークにも
前述したが、角居勝彦さんは元JRAの調教師。数十年ぶりに牝馬でダービーを制したウオッカなど、数多くの名馬を管理し、名伯楽の名をほしいままにしていたが、定年までまだまだ間があるというのに、五十六歳の若さで調教師を引退した(JRAの調教師の定年は七十歳)。
引退の理由は家庭の事情。ご母堂の家業を継がなければならなかったためだが、その家業の他に、養老牧場の経営など、サラブレッドのセカンドキャリアを充実させるために、忙しく飛び回っている。
そして、珠洲ホースパークの経営をなんとか軌道に乗せようと奮闘している最中、震災に見舞われたのだ。ホースパーク自体は、珠洲市の他のエリアに比べれば被害は軽かったというが、それでも、角居さんが頭の中で組み立てていた諸々は遠回りせざるを得ないというのが現状だ。
「復興は馬より人優先だって言われると、もう、どうしようもないですからね」
角居さんはそう言った。
東日本大震災の時でも、避難所にペットを連れて入ることをゆるされず、往生した人たちがたくさんいた。こういう時に割を食うのはまず、動物とそれに関わる人間たちだ。
わたしは東日本大震災を機に、キャンピングカーを購入した。屋根にソーラーパネルを取り付け、エンジンをかけなくても冷蔵庫やエアコンが使えるタイプのものだ。いざというときには、犬と一緒にキャンピングカーに飛び乗ればいい。しばらくの間なら、それでやっていくことができる。
しかし、大型犬といえども犬は犬だ。馬のように大きな動物となると、話はそう簡単ではない。
競馬には多くのファンがいて、中には引退馬を引き取って面倒を見たいと考える者もいる。しかし、それが中々叶わないのは費用の問題があるからだ。
犬は家の中で飼えるが、馬には厩舎がいる。犬小屋の何十倍の大きさのものが必要だ。そのための土地もいる。食費も馬鹿にならない。一頭の馬を飼育するのには、年間、数百万の資金が必要になる。
養老牧場が必要とされるのは、だからなのだ。
わたしが初めて書いた競馬小説『黄金旅程』(集英社文庫)の主人公も本業の装蹄師(馬に蹄鉄を打つ技能士)の傍ら、養老牧場を営んでいる。
なぜそんなことをするのかと問われた主人公は「それが競馬で食っている人間の責任だからだ」と答える。
角居さんをはじめとする馬のセカンドキャリアのシステムを構築しようと奮闘している人たちは、みな、似たような思いを抱いているのではないか。
