業績を伸ばした大胆な営業戦略
四代目社長と工場長の四代目ブラザーズが醤油や味噌の他に、甘酒や糀などを商品開発して会社を成長させてきた。
大野町は白山からの伏流水が豊富で、港が近いこともあって、江戸時代に加賀藩から醤油造りの町として支えられてきたという。
営業部長は県外の大学に進み、卒業後は実家とは別の会社に就職。後に、ヤマト醤油味噌に入社する。
きっかけは、四代目ブラザーズが開発した玄米甘酒の売り上げが低迷していたから。そのてこ入れに呼び戻されたのだ。
玄米甘酒。我が家の二代目犬、ワルテルが癌に冒されたとき、よく飲ませていた。飲む点滴と呼ばれるぐらい栄養価が高いのである。
その時に社長と話し合って決まったのが「発酵食品を通じてお客様の健康で喜びに満ちた食生活の実現に役立つ」という経営理念と「目指せ、発酵食美人」というコンセプトだという。
そういえば、糀パーク内の食堂も「発酵食美人食堂」だ。我が妻と、同行した女性編集者が目を輝かせていた。
癌に冒されたワルテルを看病する間、我ら夫婦も食事についてはかなり勉強した。人も動物も免疫系に異常が起きて病気になる。その免疫系に強い影響力を働かせるのが腸で、健康な腸の維持こそ健康な暮らしに繋がるのだ。ワルテルのために自前で玄米甘酒やヨーグルトを作り、それを我々夫婦も飲み、食べた。
ワルテルが天に還った後もその習慣は続き、一年後にはわたしも妻も体重が十キロ以上落ちていた。腸を健康に保つことがどれほど大切かは身に染みている。
今ではその時ほど熱心に腸活をしているわけではないが、醤油や味噌は、ちゃんと発酵させてあるものを入手するようにしている(発酵させていないものも醤油や味噌として売られているから、油断も隙もあったものじゃない)。
営業部長は積極的且つ大胆な営業戦略を立てて会社の業績を伸ばし、今では売り上げの二割は海外向けなのだそうだ。
北前船がなくなっても、船と灯台はヤマト醤油味噌にとってなくてはならないものであり続けているということではないか。
糀パークを後にするとき、もう一度、大野灯台を見上げた。四角い灯台というのはやはり違和感がある。しかし、大野町にはこの形の灯台が似つかわしい。
取材が終わって帰宅すると、早速ヤマト醤油味噌の調味料を使って料理をした。
美味い。今までとレシピや手順は変わらないのに、醤油が変わっただけでこれほど美味くなるものなのか。
わたしの住む信州は味噌造りが盛んで、美味しい味噌もたくさんある。しかし、醤油だけは、もう、これまでの醤油には戻れない。
ヤマト醤油味噌オンラインストアの常連になることが確定してしまった。
