創作に夢中になる高校生たちを描くTVアニメ『これ描いて死ね』。そのオープニングテーマを手がけるキタニタツヤさんは、自分が「いい」と思うものがなかなか人に伝わらないもどかしさと向き合いながら活動を続けてきたそう。周囲とのズレをどう受け止めてきたのか。6月末で終了したラジオで得た学びとともに聞きました。
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自分が発信するものは世界の中心ではないと気づいた
――上野の森美術館で開催の「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」東京展のイメージソングも手がけられました。その際のインタビューで「ゴッホと同じように、時代とのズレを感じる」とお話されていましたよね。そのズレとどのように向き合っていらっしゃいますか?
それこそ、高校生のときはズレているなんて思ってもなかったです。自分のことクラスの中心人物だと思っていたので。以前それをラジオで言ったら、同級生から「そんなことなかったよ」って連絡がきて否定されましたけど(笑)。
みんなと楽しくコミュニケーションをとれるし、全く問題ないと思っていたんですが、音楽を作り始めて「こんなにも分かってもらえないのか」って感じたんですよね。俺が「最高!」「めっちゃいいよね」と思ったものを、周りの人はそうは思わない。そんな経験は人生初だったと言うか。面白いと思って発言したこととか、みんなもっと笑ってくれていたじゃないか、って気持ちになったんですよね。
もちろん好きだと共感してくれる人もいるけれど、自分が発信するものは世界の中心そのものではないんだと分かったのは、苦しい経験でした。でもそれをなんとか微調整しつつ、ここまでやってきたという感覚です。微調整というのは、自分の根幹を変えるわけではなく、パッケージの仕方を変えるイメージです。
好きなものをそのまま出しているだけではダメで、どう出すのか、どうパッケージするかが大切なんですよね。だからズレは苦しいといえば苦しいけれど、そこに絶望は感じていない。頑張って修正して、なんとかしていくぞという気持ちです。
――パッケージの仕方を探るために、常に世の中を分析していらっしゃる感覚ですか?
分析というか、ずっとトライアンドエラーをやっています。一度試して、ダメな部分を直して、の繰り返し。もっと感覚的にパッと分かる方もたくさんいらっしゃると思うんですが、自分は流行っている曲を聞いて育ってきたわけではないので、そのあたりは全然分からないというか、要領が悪いんですよね。だからこそ、微調整の繰り返しですね。
