最初に会ったのは原宿交差点の喫茶店「レオン」

こぐれ そして、パリ移住から3年後に、私は日本に戻るのよ。

近田 そのタイミングで、ひでこ・徹夫妻と俺は知り合うんだよね。近田まりこが何かひでちゃんたちに荷物を預けて、それを引き取るために、原宿の交差点にあった喫茶店「レオン」で会ったんだよ。

こぐれ レオンは、東急プラザ表参道「オモカド」があるところに建ってた原宿セントラルアパートの1階にあったのよね。

近田 あそこには、フォトグラファーやコピーライターとか、たちひろし(現・舘ひろし)をはじめとするクールスのメンバーとか、個性的な面々が集ってたよね。

こぐれ そして、親しくなってからの近田は、私のことを「美容院のマダム」とか「庭に置いてあるカエルの置物」とか呼ぶようになりました。

近田 大変失礼しました。俺、人にあだ名付けるのは得意なのよ(笑)。ところで、パリを引き上げるに当たって、何かきっかけはあったの?

こぐれ 母方の伯父が、お金は出すから日本に帰ってきて洋服屋やれって言うのよ。

近田 ああ、自宅で猿を飼ってたっていう変わり者の伯父さんね(笑)。

こぐれ それで帰ってきて、店の物件を探し始めたんだけど、ろくなのがなくって。そうこうするうちに、伯父もうるさそうだからやめようかなと思ってたら、パリ時代に知り合って、一足早く日本に戻っていたあるご夫婦から声がかかったのよ。

近田 よく声をかけられる人生だねえ(笑)。

こぐれ その夫婦というのが、実は杉山恒太郎さんご夫妻なんだけど。

近田 杉山恒太郎さんといえば、後に電通に入社し、小学館の「ピッカピカの一年生」、サントリーローヤルの「ランボー」といった名作CMを手がけたクリエイティブディレクター。電通では常務まで務め、その後、ライトパブリシティの社長に転身する。

こぐれ 帰国した杉山夫妻は、原宿で雑貨なんかを扱う「ラジドール」という会社を営んでいたんだけど、私は、そこのアパレル部門を担当することになったの。それが、「2CV(ドゥーシーヴォー)」になった。

近田 帰国後は、どこに住んでたの?

こぐれ 最初は市川。徹君の実家。私が最初に帰国したから、1年間は徹君抜きで私だけだったんだけど、ずいぶん可愛がってもらったのよ。小暮家には、女の子がいなかったからね。

近田 ひでちゃんはさ、いろいろな家に快く受け入れられるね。人徳だよ(笑)。

 その後、ほどなく渋谷の猿楽町に引っ越すんだけどね。

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