自作のブルゾンで“路上スカウト”

近田 おっ。じゃあ、デザイナーに転身できたんだ。

こぐれ さらに、自分で仕立てた洋服を着て街を歩いてたら、これから洋服の会社を始めるって予定のフランス人女性に、路上でスカウトされたのよ。それで、鈴屋からその会社に移ったの。

近田 いきなり声かけてくれるなんて、お目が高いね。

こぐれ ちなみに、その時、私が着てた洋服は、まあこがニューヨークで買ってきてくれた生地で作ったブルゾンだったのよ。

近田 まあこって、近田まりこ?

こぐれ そう。あなたが最初に結婚した相手よ。

近田 知らないうちに、ひでちゃんの人生の転機に関わってたのね(笑)。

こぐれ まあこは、16歳ぐらいからアップルハウスに出入りしてたもんだから、徹君とは東京にいた時から知り合いだったのよ。

近田 その少し後、俺と彼女は当時六本木にあった草創期の「anan」編集部で知り合って、しばらく付き合ってたんだけど、ある時、まあこはお姉さんの住んでたパリに行っちゃってさ。まあ、素行不良を理由に、母親から命じられたらしい。

こぐれ ちょうど同じ時期にパリで暮らしてたから、私たちとは急速に仲良くなった。最初は、サンミッシェル広場の近くにある中華料理屋でたまたま会ったのよ。

近田 鈴屋からの転職後、仕事はどんな具合だったの?

こぐれ 私をスカウトしたのが、やたらとヒステリーを起こすタイプでさ。こんなところじゃ働けないと思って、辞めちゃった。そして、その頃、徹君が仕事の都合で単身バルセロナに移り住むことになったのよ。

近田 外国で若い女性ひとりじゃ心配だねえ。

こぐれ そしたら、当時、家族を連れてパリに住み始めていた堀内誠一さんが、うちに住まないかと誘ってくれたから、これ幸いと話に乗ったのよ。

近田 堀内誠一さんというのは、「anan」「POPEYE」「BRUTUS」など、平凡出版(現・マガジンハウス)の雑誌のアートディレクションを手がけた伝説的なデザイナーだよね。絵本作家としてもその名は知られています。

こぐれ そして、1年弱、パリ郊外のアントニーというところにあった堀内さんのアパートに居候したの。まだ小さかったふたりの娘さんとはよく遊んだっけ。

近田 幸運に恵まれたね。

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