モロッコ女性の美容に欠かせない魔法の水、ローズウォーター
バラの谷への興味は失ったものの、モロッコの豊かな自然に魅せられた私はその後、数年間、モロッコで馴染みのハーブの研究をするうちに、植物学者やスパイスショップの店主、恐ろしく植物に詳しいタクシードライバーなど、次から次へと人脈が広がり、やがてはバラの谷、ケラア・ムゴナに蒸留工場を持っているという会社の現地責任者、ラシッドさんと知り合うことになった。はるか遠回りをして、またバラに戻ってきたという感じだ。
「次の5月に、もしよかったら工場にいらっしゃいませんか」
毎年、4月後半から5月下旬までマラケシュに滞在する私は、二つ返事でこのご招待を受け、月の暦を見ながら日程を満月前後の3日間に決めた。たった2週間しか作業ができないバラの蒸留。たまたまその期間中に満月があったというのは神様の思し召しか。
満月直前に咲き乱れるバラに会いに行く
なぜ満月かというと、ヨーロッパに古くから伝わる月の満ち欠け理論で言うと、植物が内包する成分を最も多く蓄えるのは満月直前だからだ。
恐らくその考えは中世イスラムに端を発している。前述したファティマ・メルニーシーの小説の中には、主人公の少女が、哲学者アル・ガザーリーやアラブのヘロドトスと呼ばれた歴史家アル・マスウーディの書いた、天文学や占星術に関する文章や、「月は植物を育て、果実を熟し、女性にハック・アッシャハル(月経)を起こさせる」といった月に関する考察に夢中になる様が描かれていて、とても興味深い。
その真偽の程はさておき、ダマスクローズ咲き乱れる畑に上る満月を想像するだけでも、心がワクワクしてくるではないか。
バラの香りが苦手という女性はあまりいないように思う。事実、バラには抑うつ状態を改善し心を明るく高揚させ、女性に自己肯定感を高める作用があるという。加えて保湿作用、抗菌作用、リラックス作用etc.……、また肌の調子を整え、女性ホルモンの働きを正常化させる力もあるという(『アロマテラピーのための84の精油』/フレグランスジャーナル社)からの抜粋)。
2016.02.26(金)
文=岡本翔子
撮影=齋藤順子、橋本篤、岡本翔子