先人たちが必死に風景を見出していった過程を垣間見る

「風景」が見出され、絵画に取り入れられていく歴史を、実際の作品に則して辿っていけるこの展覧会。“最初の風景画家”とも呼ばれるヨアヒム・パティニールら、ウィーン美術史美術館が所蔵する風景画約70点が一堂に展示される。ヨアヒム・パティニール 「聖カタリナの車輪の奇跡」1515年以前 油彩・板

 「いったい何がしたいわけ?」 同時代の人たちには、散々そう言われたに違いない。たとえば上に掲出の、ヨアヒム・パティニールによる作品。現在の私たちからすれば、さほど驚くところは見当たらない。描写力と表現力に秀でた、いかにも西洋絵画らしい伝統的な作品。けれど、これが描かれた16世紀を生きた人の眼からすると、「背景しか描いていないじゃないの。描きかけ? それとも手抜き?」そんな感想を持つ向きが多かったはず。

 というのも、当時は絵画といえば、神話や聖書の登場者を描く宗教画か、歴史上の人物や名場面を描く歴史画が中心。単にその場所だけを描く風景画なんて、そもそもジャンルとして確立されていなかった。

ヒエロニムス・ボスの模倣者「楽園図」1540~50年頃 油彩・板

 人物を中心に据えないこうした風景画が広く認知されたのは、ようやく17世紀になってからのこと。市民階級が力を持ったオランダやフランドル地方で、その芽は育った。日本で絶大な人気を誇るフェルメールの名作「デルフトの眺望」は、その頃の風景画の最良例だけど、これとて万人に受け入れられたわけじゃなかったと容易に想像できる。

 私たちがこれほど当たり前のように享受する風景画も、長い美術の歴史からすればけっこう新参者だったりする。そうした絵画の不思議に改めて光を当てる好企画が、渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムでの「ウィーン美術史美術館所蔵 風景画の誕生」展。欧州屈指のコレクションを誇るウィーン美術史美術館から、風景画が生成し発展していくさまを辿るにふさわしい作品約70点をごっそり運んできた。

 窓の向こうに広がる眺望として、また神話・聖書の舞台装置として絵画に風景を取り入れた作例からは、先人たちが必死に風景を見出していく過程が垣間見えて何とも興味深い。会場でずらり並ぶ絵画と向き合っていると、風景画とは純粋な視覚体験を観る側にもたらしてくれるものだと改めて感じ入る。

 画面に人物が描かれていると、私たちはついそこに視線を向けるし、その人物を巡る物語に思いを馳せてしまう。対して風景画だと、眼の置き場がよく分からず、物語を見出しづらい。風景画は存在するのに、風景小説や風景映画なるものがないのはそれゆえだ。

レアンドロ・バッサーノ(通称) 「5月」1580~85年頃 油彩・キャンヴァス

 物語を紡げないとなれば、あとは画面そのものを虚心坦懐に見つめるより他ない。ぼんやり眺めているつもりだったのに、知らず知らず作品にぐっと集中している自分に気づき驚いたりもすることだろう。画面内に注目ポイントを見つけづらい風景画は、ものをじっくり見ることの格好のレッスンの場にもなるのだった。

『ウィーン美術史美術館所蔵 風景画の誕生』展
会場 Bunkamura ザ・ミュージアム(東京・渋谷)
会期 2015年9月9日(水)~12月7日(月) ※10月5日(月)のみ休館
料金 一般1,500円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://www.bunkamura.co.jp/museum

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2015.08.29(土)
文=山内宏泰

CREA 2015年9月号
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