東洋から放たれるアートの「光」に打たれたい

現代美術界のトップランナーたる蔡國強による、日本では7年ぶりとなる大規模個展。近年の代表作となる「壁撞き」をはじめ日本初公開作品ばかりで展示は構成される。展名は陶淵明の詩「帰去来辞」に因み、過去に暮らした日本への原点回帰を表す。 「壁撞き」 2006年 狼のレプリカ(99体)・ガラス サイズ可変 ドイツ銀行によるコミッション・ワーク The Deutsche Bank Collection Photo by Jon Linkins, courtesy : Queensland Art Gallery│Gallery of Modern Art

 これこそ、紛うことなき現代美術の最前線。そう言い切っていい展覧会が、横浜美術館での「蔡國強展:帰去来」だ。

 蔡國強は中国・福建省生まれのアーティスト。上海で舞台美術を修めた後、日本やニューヨークを拠点に創作を続けてきた。長年の旺盛な活動の末、今や美術に関心を持つ誰もが動向を注視する“スーパースター”に。2008年には、北京五輪開会式・閉会式の視覚特効芸術監督に就任。打ち上げ花火が北京市内を縦断していく出し物、「歴史の足跡」を覚えている方も多いのでは?

 五輪での演出もそれにあたるが、彼のトレードマークといえば火薬を用いた作品群。大量の火薬を大きなカンヴァスや和紙の上に仕掛けて爆破させ、生じた焼け跡を絵画と称する。発火時のエネルギーは、はるか遠くまで届く。地球上のあらゆる場所はもとより、宇宙にまでメッセージを届かせたいとの思いが、そこには託されている。いかにも雄大な中国文化を背景に持つ者らしい、豪快さに満ち満ちている。

 同時に、火薬が生み出す痕跡には一つとして同じ形がないし、決して描き直すことのできない“一回性”を持っている。ゆえに画面にはそこはかとなく、かけがえのなさや詩情が漂い出すのだ。

「春夏秋冬」より(部分) 2014年 火薬・磁器 作家蔵 Commissioned by the Power Station of Art, Shanghai. Photo by Zhang Feiyu, courtesy Cai Studio

 壮大にして繊細な作品を前に、観る側の感情は嫌というほど揺り動かされる。そんな蔡國強の魅力は、今展でも全開だ。たとえば、「春夏秋冬」と題された作品。まずは、草花や小動物のレリーフを施した、白い磁器のパネルが用意される。これは蔡の故郷、福建省泉州の徳化窯で造られたもの。細やかな造形が美しいレリーフの上に、蔡はやはりというべきか、火薬を撒いて着火してしまう。焼け跡を刻んだ磁器は、以前とは決定的に異なる新しい様相を見せる。破壊の衝撃があればこそ、その先に美と発見が現れるのだ。

 さらに会場では、巨大なインスタレーション「壁撞き」にも、きっと度肝を抜かれる。部屋いっぱいに、なぜか99匹の狼(のレプリカ)が群れている。彼らは揃って透明な壁に飛びかかっていき、跳ね返され、それでもめげずにまた列をなして壁へと向かう。意想外の光景に驚くとともに、これは人が営々と刻んできた歴史そのものを視覚化したんじゃないかとも直観する。

 豪快と繊細、美と驚異、西洋的な構築性と東洋的な流動性。あらゆる極を併せ持つ蔡の作品世界は、懐が深くて広々としている。観る側はその中で、自在に遊ぶことができる。ちょうど「壁撞き」の狼たちが、中空を舞うのと同じ軽やかさで。

『蔡國強展:帰去来』
会場 横浜美術館(神奈川・横浜)
会期 2015年7月11日(土)~10月18日(日)
料金 一般1,500円(税込)ほか
電話番号 045-221-0300
URL http://yokohama.art.museum/

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2015.07.19(日)
文=山内宏泰

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