小説で得た「幸福感」を、漫画家として表現したかった
今月のオススメ本
『ちいさこべえ 4』 望月ミネタロウ
文庫本にして70ページの中篇小説を、想像力で膨らませ、巧みな演出と類い稀なデザインセンスで描き上げた。「原作を読んだ時、実はりつという女の子のほうが主人公ではないかと感じたんです。シンデレラストーリーとしても魅力的だったんですよね」
望月ミネタロウ 著 山本周五郎 原作 小学館 590円
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
代表作『ドラゴンヘッド』や『東京怪童』でダークな想像力を爆発させ、漫画表現の可能性を切り開いてきた望月ミネタロウ。このほど最終巻(第4集)が刊行された『ちいさこべえ』は、文豪・山本周五郎の人情味あふれる時代小説が原作だ。
「原作モノに挑戦してみたいと思ったんです。自分以外の想像力を取り込むことで、漫画の描き方がどう変わるのか、化学反応を見てみたかったんですね。職人、家族、人情……というキーワードで原作を探していたところ、編集者が持ってきてくれたのがこの小説で。おおげさなことは何も起きない、非常に静かな話ですけれども、色々なくした人たちの話なのに不思議と読後感は言いようのない幸福感だったんです」
主人公は、火事で両親を亡くした大工の若棟梁・茂次。ある日、幼馴染みの女の子・りつが住み込みの家政婦としてやってくる……身よりのない子どもたち5人を引き連れて。漫画版では江戸から現代の東京へと舞台を移し、現代的な悩みを抱えた子どもたちの個性もくっきり際立たせることで、原作にはなかった関係性のドラマを描き出すことに成功している。
「想像力というのは、目に見えないことを見ようとする力ですよね。人は想像力によって、相手の気持ちを考えたり鑑みたり察したりできる。自分の損得勘定を考えずに人を思いやる、想像することが、周五郎先生の書いた“人情”ということかもしれないと思いました」
想像へのいざないは、読者にも仕掛けられている。
「“行間”を膨らませたいと思いました。ちょっとした表情だとか仕草はもちろん、このキャラクターは何を着ているか、靴を脱ぐ時に整えるのか放りっぱなしかといったディテールはすごく意識しながら描いていました。読んでいるうちに、それぞれのキャラクターの存在感が沁み入るようになればいいな、と。そうすることで、言葉にはしていない彼らの色んな気持ちを、想像してもらえるようになればなと思ったんです」
コマを追い掛けるうちに登場人物たちへの理解度が深まる。その先に、最終巻の表紙にもなった大団円が現れる。読者との共犯関係によって実現する「幸福」の爆発力は、望月ミネタロウ史上最大だ。
「原作にはないシーンですが、第1話の1コマ目を描いた時からずっと、このシーンのために描き続けてきました。小説から得た幸福感を、漫画家として表現したのかもしれません」
望月ミネタロウ(もちづきみねたろう)
1964年神奈川県生まれ。漫画家。代表作は『バタアシ金魚』『ドラゴンヘッド』『東京怪童』など。 『ちいさこべえ』は第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2015.05.27(水)
文=吉田大助