『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が突きつけること
新宿の映画館を出て、冷めない重苦しさを抱えたまま新大久保へ向かうと、路地の雑居ビルの壁前でふと足が止まりました。すすけた壁に掲げられていたのは、古びた「自衛官募集」の看板。
「平和を、仕事にする。」と書かれたそれをぼーっと眺めていると、異国の料理屋の甘辛い匂いと、行き交う人々の屈託のない笑い声が降ってきます。あまりにも日常的で、あまりにも無害な顔をして、その看板はそこにありました。
遠く離れた島々に基地や軍備強化の重荷を押しつけ、その痛みを視界の外に追いやることで成り立っているこの国の、この街の平穏。街角の看板に躍る爽やかなコピーを前にしたとき、その軋みの上にある私たちの日常を無邪気に「平和」と呼ぶことへの居心地の悪さに、ただ立ちすくむ思いがしました。
差別と貧困が人間から尊厳を奪い、国家がその歪みを吸い上げて戦争を起こし、兵士も市民も全員が無関係ではいられなくなる。本作が突きつけるのは、遠い昔の出来事でも海の向こうの悲劇でもなく、いま私たちの足元に続いている残酷な構造そのものです。
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」。その問いは、アレン個人だけではなく、平和を享受しながら暴力の構造を容認している私たち自身にもきっと向けられている。
だからこそ、スクリーンを離れたあとも、胸に残るこのぐちゃぐちゃな感情を、手放さずに持ち続けたいと思います。上映館が少しでも増え、多くの人の目に届く作品となりますように。
●『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
9月11日(金)よりkino cinéma新宿などで公開中
<ストーリー>
貧困や差別から抜け出すために 18 歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。ベトナムという苛烈な戦地で学んだのはただひとつ、いかに多くの人を殺せるか。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金と PTSD(戦争後遺症)だけだった。23 歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也(『野火』、『斬、』、『ほかげ』)
出演:ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリ
原作:「「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」」(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
参考文献:「戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言」(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)
製作:木下グループ 制作プロダクション:キノフィルムズ、Cross Media International、J&B Entertainment、Chanh Phuong Films
配給:キノフィルムズ 公式サイト:nelsonsan.jp 公式 X:@nelsonsan_movie
