映画館の暗闇の中で激しい光と爆音を浴びながら、胸の奥がぐちゃぐちゃにかき乱されるような重苦しさに押しつぶされそうになってしまった。

 ベトナム戦争に従軍し、重いPTSDに苛まれながらも自らの罪と向き合い続けた元米海兵隊員、アレン・ネルソン。実在した彼の壮絶な生涯を描いたのが、塚本晋也監督の最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』です。

 タイトルは、ひとりの子どもから投げかけられたあまりにまっすぐで残酷な問いに由来しています。

 私たちは普段、戦争を語るとき、どこかで「被害」の悲惨さに寄り添うことで良心を保とうとしてしまいがちです。けれどこの映画は、そうした安全な場所に観客を留まらせてはくれません。

 突きつけてくるのは徹底した「人を殺した側」の視点であり、国家によって人間性を剥ぎ取られ、殺戮の機械へと仕立て上げられた人間の地獄そのものです。

 そしてその地獄の道程のただ中に、かつて米軍統治下にあった「沖縄」が、逃れようのない暴力の中継地として横たわっていました。

人種差別が生む暴力の連鎖

 そもそも、なぜアレンは海兵隊に志願したのか。そこにあったのは愛国心などではなく、アメリカ社会に深く根を張る人種差別と、出口のない貧困でした。

 公民権運動下の米国で黒人として生きるアレンたちには教育も雇用の機会もほとんど与えられず、日常的な蔑視と貧困に喘いでいました。「貧困と暴力の中で育ち、他者に暴力を振るうことを学んでしまった」と後に本人が振り返るように、社会から受けた傷や理不尽な怒りは、家庭やコミュニティの内側へと跳ね返り、暴力の連鎖を生んでいく。

 アレンにとって、軍隊に入ることはそうした環境から抜け出す唯一の選択肢であり、生き延びるための「就職」でした。

 しかし、軍隊が若者たちを救うはずもありません。それは社会の底辺に押し込められた若者たちが抱えるやり場のない怒りを吸い上げ、国家が「人を殺すエネルギー」へとねじ曲げていく装置そのものだったからです。

 その彼らがベトナムへ送られる直前、訓練のために降り立ったのが1960~70年代初頭の沖縄でした。本国で尊厳を奪われていた彼らは、過酷な訓練で「アジア人は人間ではない」と徹底的に叩き込まれ、反射的に引き金を引く殺人マシーンに変えられていきます。

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