沖縄は被害者であり、殺戮の拠点でもあった
当時、米軍統治下にあった沖縄は、日本国憲法の保障も及ばない島でした。米兵による凶悪事件が日常茶飯事のように起きても、軍法会議によって身内は軽い処罰で済まされてしまう。
沖縄の人々は恐怖と怒りを抱えながら暮らしていました。けれど残酷なのは、当時の沖縄の経済そのものが基地と米兵の落とすドルに依存せざるを得なかったことです。
土地を奪われた人々は、生きていくために基地の中で働き、歓楽街で飲食店や売春宿を開くしかありませんでした。兵士に脅かされながらも、その財布からこぼれ落ちるドルを拾わなければ子どもたちを養えない。この耐え難い自己矛盾と屈辱が、島を覆っていたのです。
さらに海の向こうから見れば、沖縄の背負わされた業はさらに深くなります。嘉手納基地からはベトナムを爆撃するB-52が連日飛び立ち、弾薬や枯葉剤が運び出され、兵士たちが殺戮の手ほどきを受けて戦場へと送り出されていく。
ベトナムの人々からすれば、沖縄はまぎれもなく「悪魔の島」でした。米軍の支配の下で激しい暴力に晒される被害者でありながら、海の向こうの人々を殺戮するための拠点にさせられてしまう。
誰もが無傷でいられず、構造的な加害の連鎖へと巻き込まれていく。この底知れぬ深さに、胸が塞がるような思いになります。
塚本監督自身、インタビューで「米兵による加害は現在の沖縄の問題につながっている。そうした意識から沖縄を描くのは大事なことだった」と語っているように、暴力の標的とされ、戦場への中継地点にさせられてきた沖縄の現実は、決して過ぎ去った過去の出来事ではありません。
ベトナム戦争がもたらした悪夢
沖縄での訓練を経て、ベトナムの最前線に送られたアレンは、命令されるままに銃を撃ち、人を殺しました。しかし、殺した側のアレンもまた壊れていきました。
帰還した彼を待っていたのは、重度のPTSDです。夜ごとの悪夢、フラッシュバック、激しい怒りの発作。自分の中の怪物を抑えきれず、父から受けた傷と暴力が、今度は自らの家族へと向けられてしまうこともありました。
映画の中で、とても不穏だったのは、アレンの息子の学校で軍のパンフレットが配られたシーンです。当然輝かしい未来ばかりが謳われ、泥にまみれて人を殺す現実や、精神を破壊されるリスクなどは一切書かれていないものでしょう。
