小さな時計の美しさは、いったいどこから生まれるのだろう。目に映る造形の奥には、技術や時間、人の仕事が幾重にも息づく。 ブランパンの新作「ブランパン Lady B」と向き合った作家・川上未映子さん。 その言葉を手がかりに、見える美のさらに奥へと目を凝らした。


作家・川上未映子さんの言葉が照らす小さな美の結実

 シンプルでプレーン。それが、川上未映子さんがブランパンの新作「ブランパン Lady B」に抱いた最初の印象だった。18Kレッドゴールドのモデルを腕にすると、見え方は一変した。黒のドレスに合わせても、小さなケースは埋もれない。

 「腕に着けると、すごい存在感がある。腕時計は実際に身に着けてみないとわからないものだと、改めて思いました」と川上さん。カジュアルにもドレスにもなじみ、どちらにも寄らない。

 直径19ミリの球形ケースに、180個の部品からなる自社製自動巻きムーブメント、キャリバー615を収める。ケースは上下二つのパーツから構成され、その接合線を目立たせない設計だ。

「手をかけ、力を傾注したものほど、それが表には見えないんですよね。さらりと見えるところに、実はいちばん力が注がれている。たとえば、ある熟練したクラリネット奏者がふっと音を出すと、素人は『私もやってみたい』と思う。でも実際には、とてつもなく難しい。誰にでもできそうな自然さと、高度な技術や経験。その両極が結びつく瞬間が、いい表現やいいものにはあると思います。一見しただけでは、そこに積み重なった技術や時間、試行錯誤はわからない。でも、わかる人にも、わからない人にも、ここにあるのは確かです」

 さらりとした仕上がり。その奥には、複雑な技術と積み重ねられた経験がある。目には映らなくても、その蓄積は完成したものの質に確かに残る。その感覚は、自身の創作にも通じていた。

「細部は、作品の質を上げていくために必要な作業です。オーケストラも、聴衆が一つひとつの音を全部把握できなくても、一人ひとりの楽器の息遣いが、演奏全体をつくる。見えているものだけがすべてではない。その奥に何が込められているのかを想像させてくれる。私は、そういうものが『いいもの』なんじゃないかなと思います」

 さらに創作がある領域に入ると、詩や小説の「神様」のようなものへ何かを「捧げる」感覚になり、美を描写するときは「あちら側の力を借りる」ように、美の「近似値」を探る作業だという。たとえば、夕焼け。目の前の美は圧倒的で、言葉にすれば「負けは決まっている」。それでも―。

「違う表現にすることで、言葉から何かが立ち上がるかもしれない。現実の美と表現は互いに支え合う円環の中にある気がしていて。詩の中で、目では見えなかった夕焼けを見ることがあるんです」  

「ブランパン Lady B」の奥にも、長い時間と物語がある。その起点にいるのが、1930年代に女性として初めてスイスの時計ブランドを率いたCEO兼オーナーのベティ・フィスターだ。1956年に発表した「レディバード ブレット」のR55は、当時世界最小の量産丸型機械式ムーブメント。新作は往時の造形をなぞらず、ジュエリーほどのサイズに本格的な時計製造を凝縮する発想を継ぐ。小さくしても堅牢性を犠牲にせず、その両方を追求した。川上さんは、そこに「どちらも取っていくんだ、という気概」を見出し、「しなやかさと強さ」を感じたと言う。そうした技術やベティの歩みという背景を知ることで、最初に感じた時計の美しさは、どう変わって見えるのだろうか。

「時計は第一印象ももちろん大事。でも、そこにどんな物語を見つけるか、どんな物語と出会うかは、私たちにとって豊かな経験だと思います」

 技術や時間、物語を知ることで、目の前の美しさは、もう一度違う厚みをもって立ち上がる。

小さく愛らしいケースの中に 機械式ムーブメントが息づく

 女性用機械式時計の可能性を切り拓いた、1956年のモデル「レディバード ブレット」に着想を得て、その思想を現代へと再解釈した新作「ブランパン Lady B」。球形ケースに自社製の自動巻きムーブメント、キャリバー615を収める。

 ラグを設けず、ダブルトゥールのカーフレザーストラップをケースに直接通す独自の構造も特徴。ケースは18KレッドゴールドとSSの2種。ストラップは写真のライトベージュとフューシャパープルのほか、計6色展開。

川上未映子(かわかみ・みえこ)

作家。大阪府生まれ。詩から文学活動を始め、2008年に『乳と卵』で芥川賞受賞。『ヘヴン』『すべて真夜中の恋人たち』『夏物語』『黄色い家』など著書多数。作品は20以上の言語に翻訳され、『ヘヴン』は'22年国際ブッカー賞最終候補、『すべて真夜中の恋人たち』は'23年全米批評家協会賞小説部門最終候補に選出される。

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