母は次第に“やりたい放題”に

近田 コシノ家といえば、NHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」のモデルともなった著名な一家です。お母さまの小篠綾子さんは、だんじり祭で知られる大阪の岸和田でコシノ洋装店を切り盛りしながら、コシノヒロコさん、ジュンコさん、ミチコさんというデザイナー三姉妹を育て上げました。

コシノ 実は、NHKじゃとても取り上げてくれないようなエピソードがまだまだたくさんあったんですよ。

近田 ぜひ、いろいろと教えてください(笑)。

コシノ 私、父親を早くに戦争で亡くしたものだから、3歳から7歳までは、母親の仕事の邪魔にならないよう、祖父母の家に預けられ、「かわいいかわいい」って過保護に育てられたんですよ。それを横目で見ていた母が、これはまずいと思ったのか、途中からは、私に対してかなり厳しい態度を取るようになりました。……というか、私を利用して、自分がやりたいことをやるようになった。

近田 えっ、例えばどういう具合にですか。

コシノ 私、高校1年の時、高体連、高等学校体育連盟のスキー合宿に行ったことがあるんですよ。

近田 昭和20年代の日本では、スキーに行く高校生なんて珍しかったですよね。

コシノ そう。だから、お母ちゃんはものすごくはしゃいじゃって、徹夜してスキー用のヤッケと帽子を作ってくれたんです。

近田 とてもいいお母さんじゃないですか。

コシノ 合宿当日、さて出かけようと思ったら、「あんた、セーター着てヤッケ着て、パッチも靴下も穿いて、帽子かぶって、手袋もはめて、スキー靴も履いて、上から下までこれからスキー滑りますって格好してくれる?」と言う。その通りにして待っていたら、お母ちゃんが、訪問着なんか着て、めかし込んで現れた。

近田 ……どういうことですか?

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