簡単に成功することって、この世にほとんどない

ーー日本で日本人として生活しているのと、海外で日本人として生活するのとでは、見られ方の変化などはありましたか?

山本 ロンドンのよかったところは、いろんな国の人がいるところ。移民問題はどこの国も抱えているけど、私はすごく心地が良かったんです。というのも、私が旅行客だとか日本人だとかっていうラベルを貼られずに、当たり前にいる存在として見られていたなと思っていて。

 電車に乗っていて明らかにイギリス人だろうなと思う人から道を聞かれることがあったんです。日本で日本人がイギリス人に道を聞くことってないじゃないですか。そんな決めつけの無さがすごく心地よかったんです。それに、そもそも英語が第二言語の人たちも多いので、カフェの店員さんとかと話していても、みんなそれぞれが第一言語を持っているのが当たり前で。生活をしている中で、英語を学ぶって本当大変だよねって分かち合えるコミュニティがそこかしこにあったのはロンドンのいい空気感でした。

ーー人種もアイデンティティも多様であることが当たり前の環境に心地良さを感じていたんですね。奈衣瑠さん自身が想像していた海外という場所に対するイメージの変化は何かありましたか?

山本 意外と普通というか。日本に住んでいる時は、海外の方がいろんな社会問題に対して意識を向けている人が多くて、考えも進んでいるように見えていたんですけど、実際は日本と一緒で関心のある人はあるし、ない人はない。そんな本来当たり前のことも、海外で生活をすることで初めて体で理解できました。ずっと同じ場所に留まって、知らず知らずのうちにフィルターを通して世界を見てしまっていたんです。

 そうして人間は一緒なんだよな、と考えさせられることもあれば、年齢を言うたびにみんなの前で「見た目めっちゃ若いね! 全然見えない!」と大きなリアクションを取られて「面倒くさい」って思ったり。日本ではセンシティブな部分には無闇に触れないように気を使ったりする人が多いと思うんですが、海外は逆。でもそれ故に言いたいことが言えない距離感が日本では生まれるとかあるんだろうか、とかいろいろ考えました。

 海外という環境だからって何かが発展してるわけではなくて、それはただ声の大きい情報がSNSを通して届いているだけ。いろんな国のアイデンティティに触れることで“日本人の女性としての私”という日本にいては意識しづらいことを考えなおすことができて、良い調査になったなと思います(笑)。

ーー海外生活を経て、自分自身の変化した部分は何かありますか?

山本 それがすごく面白くて、ある意味変わらないんです。新しい挑戦をすると嫌でも自分を見なきゃいけなくなるので、自分を見つめ直す時間になりました。正直、自分と向き合う時間って楽しいだけじゃなくて、悲しいし、傷つくこともあるんだけど、自分には何ができて、何ができないのかが以前よりも濃く理解できました。そのおかげで、自分の向かっていく方向、向き合い方がはっきりした感じがあって、それは良かったなと思います。

ーー新たな選択肢が増えたというよりも、自分らしさみたいなものがより強固になったんですね。

山本 そうですね。もともと持っていた幹がどんどん濃く、太くなっていったなと思います。それは、何事もやらないと始まらないっていう根本的なところと、挑戦することの大事さを身をもって感じたから。超当たり前なんですけど、そういう昔から言われてきた“元祖”みたいなことって本当に正しいんですよね(笑)。元祖ってまじで理にかなってる(笑)。

ーーそういうことが大事だと分かっていながらも、忙しない日々を過ごしていると、なかなか挑戦することよりも、今ある生活を優先してしまうことってあると思います。奈衣瑠さんが感じた、「始めないと分からない」「挑戦することの大事さ」を自分の選択に落とし込むうえで、どんなことがファーストステップになると思いますか?

山本 自分とやりたいこととの間に紐があるとしたら、その紐を自信を持ってピンと張れていない状態って、きっとその紐の先が未知だからだと思うんです。でも、その紐が突然ピンと強く張ることって絶対にないと思っていて。

 簡単に成功することってこの世にないと思います。仕事をしていても本当にそう感じるし、一番つらいのはその現実を受け止めること。私もまだまだ受け止めてる途中です。世の中や広告、周囲の人たちは、あたかも何かを始めることや、習得することを簡単かのように言ってくるけど、それはその人の周りの人や環境がそう思わせているだけであって、本当は簡単にできないっていう生々しさを知ることが大事。急ぐ必要も誰かと比べる必要もなくて、自分のペースで着実に進む。その過程って長いしたまにぶれちゃうんだけど、大丈夫って言い聞かせて歩いていくしかないんですよね。これは10年とかそういう単位の話だと思っています。私はそんなふうに仕事もプライベートも見ていて、そこに向けてちびちびステップを積み重ねていくしかないと感じています。

 そのために私がやってきたことで良かったなと思うのは、散歩と日記を書くこと。これもいろんな人が言っていることですけど、本当に大事なんですよね。自分の文字を見たり、一人の時間を過ごすことで、自分が何を感じていて、何を求めていて、何が必要なのかが少しずつ見えてくるんじゃないかな。

ーー奈衣瑠さんは、「今感じていること」にすごく敏感な方だという印象を受けていたのですが、10年という単位で物事を見ているのがすごくおもしろいなと思いました。

山本 この10年というのは、10年後にどうなっていたいかっていう目標ではなくて、何事も時間がかかるということを実感するためには10年必要だという感覚です。それは、生き物や植物を育てている感覚と似ていて。生まれた子どもが10歳になったとしても、まだ子どもじゃないですか。でも、子どもっていう年齢に辿り着くまでに10年もかかると思ったら、世の中にあるものって、実は全部時間がかかるものなんですよね。そう思ったら私はすごく楽になったんです。私も今こうやって話していますけど、こうやって思えるようになるまでに10年ぐらいかかってるし、今も時間をかけている途中です(笑)。

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