蒼い海と美しいビーチあり、南蛮文化に影響された独特のカルチャーあり、キリシタンの歴史が育んだロマンティックな風景あり。さらに、山海のグルメに恵まれ、ラグジュアリーなホテルから庶民派の温泉まで揃う天草は、旅好きには魅力満載の島。長崎の教会群とともにユネスコ世界遺産への登録を目指す天草の魅力を7回に渡ってお伝えします。
» 第1回 人なつっこいイルカに会える確率98% キュートなイルカ飛行機に乗って天草へ!
» 第2回 17世紀、天草の宣教師も食べていた? オリーブと天然塩作りの理想郷
» 第3回 陶磁器のふるさと”天草の個性的窯元と平成に甦った天草更紗を訪ねて
» 第4回 東シナ海に沈む太陽が感動的 天草夕陽八景と絶景温泉ベスト5
» 第5回 静かな漁港に望むゴシック様式の天主堂 キリシタンの歴史が息づく祈りの島
» 第7回 食べておきたい天草グルメとお土産にしたいスイーツ
「アジアの中の天草」へ誘うスモールラグジュアリー
ゆっくり島めぐりを楽しむには、心からくつろげる居心地のいい宿が欲しい。海の眺めを堪能するだけでなく、濃厚な南国の緑の息吹を感じられるラグジュアリーな宿も。個性的な3軒をご紹介しよう。
石山離宮 五足のくつ
「石山離宮 五足のくつ」は、緑深い山の中に建つ。天草といえば海、というステレオタイプのイメージを覆すようなロケーションに、最初は戸惑いを覚えるかもしれない。だが、過ごせば過ごすほど、それは喜びに変わってゆく。
コンセプトは「アジアの中の天草」。天草にキリスト教が伝わった中世、花開いた南蛮文化、素朴な漁師町、イルカも暮らす美しい海、その海の先にあるアジアやポルトガル……。それらを随所に表現したこのホテルは、アジアンリゾートとも違う、いわゆる温泉旅館とも違う独特のスタイルを貫いている。ゲストルームは、天草の昔ながらの漁師の家を模したヴィラA、新しい天草をイメージしたヴィラB、そして、キリスト教が伝来した16世紀の天草をモチーフにしたヴィラCの3つ。それぞれが、緑濃い山の中腹に点在している。
ヴィラAは全6棟、リビングとベッドルーム。ヴィラBはメゾネットタイプの4棟。どちらも、天然温泉の露天風呂を各部屋に完備。2つのヴィラのゲストが利用する「ヴィラコレジオ」と呼ばれる建物には、レセプションと、多くの書籍やCDを揃えたライブラリーとバーが。コレジオというのは、16世紀の天草にあった、宣教師を養成する学校のこと。その名が示すように、建物には純日本風の本瓦を用いながらステンドグラスをあしらうなど、オリエンタルな雰囲気。ヴィラCには、専用のレセプションとレストランがあり、チェックインからアウトまで、ゲストは完全に独立したエリアで過ごすことができる。
ホスピタリティーも独特だ。旅館のように先取りして世話を焼くもてなしではなく、リクエストがあれば徹底的に答えるというスタイル。全個室のレストランでの食事も、営業中の好きな時間に行けばよく、予約を入れる必要もない。ディナーの時間を気にして貴重な旅の時間を拘束される、そんな心配は不要だ。
「五足のくつ」のネーミングはいうまでもなく、明治40年に、与謝野鉄幹や北原白秋ら5人の若き詩人が、九州、天草を旅した紀行文の題名に由来する。下駄や草履が当たり前だった時代に、5人が靴を履いていた理由は、途中に険しい道を歩く旅程があったため。まさにその道の途中に、このホテルは立っている。
「天草は九州本土とも離れていて、ましてや東京からはとても遠い。でも、天草の歴史をひも解いていくと、海が道だった頃に、天草の人々が目を向けていたのは、江戸でも九州でもなく、アジア、マカオやポルトガルだったことが分かります」と、オーナーの山﨑博文さん。天草の老舗旅館の6代目だった山崎さんが、世界中を旅してまわり、故郷に戻ったとき、「本当の意味で天草らしい宿、アジアの中の天草を表現した宿を作ろう」と思ったのだという。
ここで過ごすうちに、「天草は、旅人を詩人にするらしい」という、司馬遼太郎の旅行記『街道をゆく 島原・天草の諸道』の一節を思い出した。またここに来たい、ここに来るためにまた天草に来よう。そう思わせる、独特の魅力を放つホテルだ。
石山離宮 五足のくつ
所在地 熊本県天草市天草町下田北2237
電話番号 0969-45-3633
URL http://www.rikyu5.jp/
2014.07.01(火)
文=芹澤和美