そして、昭和五十(一九七五)年以降になると、低成長の時代に入ります。脱高度成長というべきかもしれませんが、経済成長のひずみ、科学文明の限界も見えてきて、もはやこれ以上豊かになるという実感が持てず、何が何でも経済成長しなくてはならないという強迫的な価値観も薄らいでくる。逆に言えば、豊かさが暗黙の前提とされていて、プライバシーなどの権利も自明のものとされている世代です。これは昭和の終わりから現在まで、濃度を増す形で続いているように思われます。

 このように「世代」で区切っただけでも、昭和は実に多面的な貌を見せます。

 半藤一利さんは「昭和史にはすべてのことが書いてある」という言葉を残しました。

 たしかに昭和には、戦争もあればクーデターもある、華やかな消費文化もあれば、悲惨な飢餓もありました。そして、まだ学校にも行かない子どもたちから、農民、企業家、兵士、将校、指揮官、政治家、天皇に至るまで、多種多様な人々が複雑な体験を重ねた「人類史のデータベース」ともいえるのが昭和史なのです。

 そこで交わされた様々な声を聴き取り、歴史として生かすことが、現代を生きる私たちの大切な営みだと考えています。

 今回、「昭和百年」、「戦後八十年」という節目の年にあたり、これまで月刊『文藝春秋』に寄稿してきた昭和史に関わる原稿を一冊の新書にまとめたいとの話を編集部からいただきました。私としては、まったく異存のないところです。特に近年の執筆原稿百本余の中から選びたいとの申し出は、なおのこと私の望むところでもありました。

 私自身、文藝春秋関連の各誌に寄稿するときは、常にある姿勢を意識してきました。簡単にいえば、「その時代の良識を凝縮した内容にすること」という姿勢です。左右に偏せず、感情や理論に溺れず、現在と将来に繋がる姿勢で歴史を見るといっても良いかもしれません。幸い編集部からも、昭和史のエッセンスを感じるテーマ、これまで私が史実や歴史にどのように向き合ってきたかが窺がえる論稿や対談を選びたいとの説明を受け、私の姿勢と編集部の意向を反映して十五本を精選しました。

 読者諸氏が節目の年に昭和史を見つめ、歴史を考えるきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。


「はじめに 昭和百年 「同時代」から「歴史」へと移行する時代の声を聴く」より

保阪正康と昭和史を学ぼう(文春新書 1501)

定価 1,155円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

2025.08.09(土)