第二に、トランプ大統領は、「取引」により短期的な利益を達成することしか考えていない「商売人」に過ぎない。
トランプ・ショックは、トランプという特異な性格の者が大統領になったがゆえに引き起こされたものであるから、大統領が代われば、アメリカはリベラルな国際経済秩序へと戻ってくる可能性がある。
第三に、リベラルな国際経済秩序に反するトランプ政権の理不尽な行動は、株価や米国債あるいはドルの急落という結果を招く。経済指標が悪化すれば、トランプ大統領はリベラルな国際経済秩序がアメリカの利益になることを悟って翻意するかもしれない。
おそらく、このような見解は、田中だけでなく多くの有識者にも共通する認識ではないかと思われる。
しかし、本書では、こうした認識とはまったく異なった主張が展開される。あらかじめ、その要点を示せば、次の通りである。
まず、既存の国際経済秩序には致命的な欠陥があり、その欠陥こそがトランプ・ショックの原因である。
そして、(トランプ大統領自身の見解はともかく)第二次トランプ政権が企てているのは、この既存の国際経済秩序、とりわけ国際通貨体制を再編することである。
しかし、第二次トランプ政権の企ては必ず失敗する(その点に関しては、田中に同意する)。ただし、第二次トランプ政権の失敗は、リベラルな国際経済秩序を復活させるのではなく、その崩壊を決定づける。戦後のドルを基軸通貨とする国際経済秩序が終焉を迎える可能性すらあるのである。
実は、この世界の歴史的な構造変化の中軸にあるのは、通貨である。トランプ・ショックによって、人々は関税に目を奪われている。しかし、トランプ・ショックの本質は、関税にではなく、通貨にある。したがって、通貨というレンズを通して見れば、世界で何が起きているのかが、よりはっきりと見えてくるであろう。そのためには、通貨の本質を正確に理解することが決定的に重要となる。
これが、本書を貫く中核的な主張である。
※本書は筆者個人の見解である。
(1) 田中均が語るトランプ関税交渉の突破口「日本は自由貿易の旗を掲げ、中国も含めて推進するべきだ」(東洋経済オンライン2025年5月4日付)
https://toyokeizai.net/articles/-/874921
「はじめに」より


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文藝春秋
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2025.08.07(木)