
ホラーとミステリーのジャンルで数多くの作品を生み出してきた織守きょうやさん。この度、自身初となる百合小説集『明日もいっしょに帰りたい』を上梓した。百合とは女性同士の恋愛を描いた作品のことだ。本書には、百合小説アンソロジー『彼女。』と『貴女。』の収録作2編に、ウェブで公開された作品と書き下ろしの新作を加えた計4編が収録されている。
初めて百合小説を書いたきっかけは『彼女。』の依頼だったという織守さん。
「依頼を受けたときはびっくりしました。でも、百合は書いたことがなかったけれどなぜか書ける気がしてきて。それに、『この人の百合が読みたい』と思ってもらえて嬉しかったです」
そこで発表した「椿と悠」は、真面目なクラス委員の椿が、帰国子女の悠に一目惚れするシーンから始まる。高校生という設定は王道だが、すれ違う2人の双方の視点が描かれるという仕掛けが仕込まれている。
「企画(百合小説アンソロジー『彼女。』)のメンバーに王道の話を書きそうな方がいなくて、自分が書こうと。でも初めての百合小説で関係性だけで読ませるには勇気が必要。そこでミステリーの手法を借りました」
ミステリー作家らしいギミックが切なさをかき立てて好評を博した1作目。続く『貴女。』収録の「いいよ。」も、高校生の真凜(まりん)が同学年の清良(せいら)に一目惚れするところから始まる。
「当初は社会人の百合を書こうと思っていたんですが、前作や他のメンバーの作品と比べると地味かなと思って。皆さんが喜んでくれた高校生もので、友情と恋愛の間の曖昧な感じではなく、恋愛感情をしっかり書こうと思いました」
そのときの「社会人×百合」というアイデアから生まれたのが、デザイン会社で働く的場と榛名を描く3作目「友達未満」。
そして、4作目となる書き下ろしの「変温動物な彼女」の主役は大学生だ。家庭の事情を抱えながらバイトの合間に大学に通う聴講生の珠璃(じゅり)と、法曹を目指す大学生の雪(せつ)。閉店してしまった喫茶店「ぜんまい」の元バイトと元常連という関係の2人は、珠璃が「ぜんまい」のレシピのカツサンドを振舞ったことをきっかけに仲良くなっていく。そんな順調な日常生活を送る2人の前に、珠璃のトラウマである父が現れて――。
「これまでの3作が何も不自由していない子ばかりだったので、今作では山場を作ろうと。辛い過去が現在に現れて、それを今一緒にいる人と乗り越えていく。そうして関係性を深めながら未来のことも考えて、恋以外のことにも真剣な2人を書きたかった」

こうして描かれた色とりどりの4編には共通する場面がある。それは、手料理を振舞うシーンだ。
「最初は意識してなかったんですけど、書き下ろしを書くときに気付いて。自分の中で、美味しいものを食べてほしいという気遣いが愛情なんだと思いました。それで、4作目ではその想いをセリフにしました」
また、4編に共通する深い愛情は、本書のタイトルにも込められている。
「最初はタイトルを『いいよ。』にしようかと悩んでいたんです。でも、すべての話に関係するフレーズをつけようと悩んで、『椿と悠』の一文に決めました」
早くも重版が決定し、新境地となる恋愛小説でも活躍を予感させる織守さん。
「強い感情を書くのが好きなんです。例えば、執着がミステリーになったり恋愛になったり。恋愛は既にいくつかオファーをいただいていますし、幅広く書いていきたいです」
おりがみきょうや/1980年、ロンドン生まれ。元弁護士。2013年『霊感検定』でデビュー。15年「記憶屋」で日本ホラー小説大賞読者賞受賞。同作は20年に映画化された。他の作品に『花束は毒』『キスに煙』『ただし、無音に限り』『隣人を疑うなかれ』など。


明日もいっしょに帰りたい
定価 1,980円(税込)
実業之日本社
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2025.07.23(水)
文=「週刊文春」編集部