
『CREA』2025年夏号では表紙に登場、Podcast番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』のMCとしても人気の堀井美香さんが、53歳にして初の舞台に挑戦。深作健太氏が演出を手がける作品で、堀井さんが演じるのはギリシャ悲劇の登場人物「フェードラ」です。
これまで朗読会という形で言葉を紡いできた堀井さんにとって、初めての身体表現を伴う舞台は、まさに新たな境地。そこには、長らく抑え込んできた感情が解き放たれる、堀井さん自身の発見があったといいます。
後篇は稽古場での独占インタビューをお届けします。
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感情を閉じ込めてきた堀井さんが、フェードラで「感情を解放する」まで

――今回演じるフェードラという役と、ご自身が重なる部分はありますか?
深作さんは私の生き方を重ね合わせてこの役を与えてくださったと思うのですが、もちろん境遇などでみると私とはまったく違う人物です。フェードラは自由がないがんじがらめの毎日の中で、考えることすら許されていない人なので。
しかし、演じていくうちに、気持ちがわかる部分も見えてきました。私はよく(ジェーン・)スーさんに「気持ちの中の岩戸を閉じている」と言われるんですよ。感情のすべてを出し切るタイプではなく、自分で勝手に完結してしまう。そういうところは、フェードラと似ているかもしれません。
――そんなフェードラは、息子の花嫁・ペルセアと激しい恋に落ちてゆきます。感情の機微を表現する上で、どんな役作りをされましたか?
ペルセア役の佐竹桃華さんと二人で話し合ったんですけど、お互いに恋愛体質ではなくて(笑)。「切ない」とか「儚い」といった感情は、私もあまり記憶にないんです。そこで、恋愛についてというより、「愛を探す作業」に切り替えました。大切で壊したくない存在である相手の、将来ごと愛するような考え方にシフトさせたんです。
――ご自身の身近なところで、そういう愛を感じることはありますか?
愛について具体的に身近な誰かを想像するのはやめました。深作さんがエーリッヒ・フロムの著書『愛するということ』をおすすめしてくださり、今読んでいるんです。そこに書かれているような、より抽象的で、全世界に向けられた愛をイメージしています。
距離感・発声・動線……ゼロから学ぶ「演じること」

――稽古現場でのエピソードも伺いたいです。
俳優座で何十年も経験を積んでいる方や、深作さんのお芝居に何本も出ていらっしゃる方。俳優のみなさんのすごさを日々感じています。特に「距離感」についての意識には驚きました。
私は何も気に留めることもなく動いていたんですけど、それが許されていたのは、みなさんがちゃんと私との距離感を意識して動いてくれていたからなんだと、ある時、深作さんに教えられて気づきました。本番で私がモノになっているように見えているとしたら、すべてみなさんがそう見えるようにやってくださっているからなんです。
発声練習はこれまでもしていましたけど、アナウンサー、俳優、ミュージシャンと声の出し方は職業によって全然違うのだということも改めて実感しました。それと、演じることについてはもちろん知識もなくゼロからのスタートでしたので、たとえば振り返って回るときは観客に見える向きで、みたいな初歩的なところから学んでいきました。
2025.06.27(金)
文=綿貫大介
撮影=志水隆