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「大丈夫よ。わたし、死なないから」

「大丈夫?」

「まあまあやわ、心配せんでええから」

 いつものように軽く返ってきた。

 母の病気を知ってすぐに電話した時も、同じような返事だった。

 だけど、あの時よりも声は沈んでいた。

「ちょっとバタバタしているんやけど、近いうちに帰ろうと思ってるから」

「あらそう。でもほんま、心配せんといて」

「いやいや、心配するよ」

「ありがたいけど、大丈夫よ。わたし、死なないから」

 えっ? いまなんて言った?

 わたし、死なないからって言ったよね?

 やっぱりそう思ってるんや。あんなにも昨日ようこ姉にきっつい言葉でどやされたっていうのに。

「あはは。ほんまや、死なへんわな、お母さんは」

 明るくそう言い返すのが精一杯だった。

 わたし、死なないからと言った母の真意を、この後もわたしは問い続けることになる。

 激怒した姉の言葉をスルーしているとも、思えなかった。とはいえ、母がどういう意味でこう言ったのかを掴みきれない。

 虚勢から出た言葉なのか

 あるいは、本当に死なないと信じているのか。

 はたまた、ウルトラCなのか。何事も宇宙レベルで考える母だけに、肉体は死んでも魂レベルでは死なないというような、そんなウルトラCなのか。

 うーん。わからない。

 あの人のことを「ほんまにわからん」と思っていたけれど、「ほんまにわからん」のままお別れすることになりそうで、わたしはただ唸るしかなかった。

後篇:乳がんが判明した母の残り時間はあとわずか…4姉妹が経験した「後悔の無い看取り」を読む

尾崎英子(おざき・えいこ)

1978年、大阪府生まれ。2013年『小さいおじさん』(文藝春秋、のちにKADOKAWAより『私たちの願いは、いつも。』として文庫化)で、第15回ボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。著書に『ホテルメドゥーサ』(KADOKAWA)、『有村家のその日まで』『竜になれ、馬になれ』『たこせんと蜻蛉玉』(以上、光文社)他。近年は10代から楽しめる作品にも執筆の幅を広げ『きみの鐘が鳴る』『学校に行かない僕の学校』(ポプラ社)他。2024年、『きみの鐘が鳴る』で、うつのみやこども賞受賞。
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母の旅立ち

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次の話を読む乳がんが判明した母の残り時間はあとわずか…4姉妹が経験した「後悔の無い看取り」

2025.06.07(土)
文=尾崎英子
イラスト=swtiih green