この記事の連載
尾崎英子さんエッセイ『母の旅立ち』前篇
尾崎英子さんエッセイ『母の旅立ち』後篇
「死ぬんやで!」を連呼した
実家近くのクリニックの主治医は、母のことをたいへん案じてくれていたようだ。
「検査結果を報告してくれた時、お母さんはがんと一緒に生きていくと言っていたんですよ。本当のことを言うとやる気をくじくので反論しませんでしたが、自分の病識をご理解されていないんだなと思いました。ご家族として知っておいてください」
そういう話を主治医から聞いて、ようこ姉とあきこ姉が実家に帰ったところ、父が母に怒っていた。
目が見えにくくなっていた父に代わって母が運転していたのだが、もうしたくないと母が言うのだと父は憤慨していた。
「お前が運転してくれへんかったらどないすんねん。俺、どこにも行かれへんやんけ」と。
母は反論するのも億劫という様子だったという。それを見た姉たちの絶望はたやすく想像できた。
あなたたち、何もわかってない。この後どれくらい早く進むのか、残された時間は本当に少ないんだってことをわかっていない。
もうこの人死ぬわけで、何週間かでもうすぐ死ぬ人に運転しろとか言うのはやめてくれ。
ようこ姉はきつい関西弁で捲くし立てた。
何度も「死ぬんやで!」を連呼した。
死が迫った本人の前でそんなふうに言って良いわけがない。姉もよくわかっている。なんてったって、その道のプロなのだから。患者さんの前でこんな言い方をしたことはないだろう。
ただ、家族だから。
在宅で緩和治療を選んだ母の主治医となったとはいえ、娘でもあるから。
感情的になる。
これくらい言わないとこの人たちはわからないと知ってもいる。
だが、驚くことに、あんなに言われたのにもかかわらず、母にはあまり伝わっていなかった。
その翌日にわたしが母と電話で話して、それが判明する。
2025.06.07(土)
文=尾崎英子
イラスト=swtiih green