河合優実が“攻め”に転じた圧巻の3分間
ところが、第37回のラストで豪の戦死が判明。釜次の悲痛な叫びを受け、駆けつけた蘭子の目に死亡告知書が留まる。河合のわずかな表情の変化から蘭子の感情が静かに死んでいくのを感じた。涙が一滴も出ないほど茫然自失とし、周りが国のために戦死した豪のことを「立派だ」と言うのを、悔しさを滲ませながらただ黙って聞いていた蘭子。
そうやって常に“受け”に徹しているからこそ、“攻め”に転じた時の爆発力は凄まじい。河合がおそらく本作で初めて感情をむき出しにしたのは、第38回のラスト3分。

豪との甘酸っぱい思い出が残る空き地で一人佇んでいた蘭子は、追いかけてきたのぶに「どこが立派ながで。 みんなが立派やと言う度に、何べんも何べんも聞く度に……うちは悔しゅうてたまらん」と本音をこぼす。だが、女子師範学校で愛国心を植え付けられたのぶは「豪ちゃんの戦死を誰よりも蘭子が誇りに思うちゃらんと」と声をかけた。
国のために命を惜しまずに戦うこと。大切な人が戦死しても悲しむより、まず立派だと称えること。それが当時、誰もが信じていた“正義”だったのだろう。
しかし、蘭子はそれを「ウソっぱちや!」と吐き捨て、「うちは豪ちゃんのお嫁さんになるがやき! 絶対にもんてきてって言うたがよ! 豪ちゃんも、もんてきますって言うたがやき!」「うちは立派らあて……決して立派らあて思わんき!」と戦争への怒りを叫ぶ。
この時、河合優実は涙を流していない。深い悲しみに直面すると人は泣きたくてもうまく泣けないものだ。でも、心は泣いていることを確かに伝える迫真の演技に多くの視聴者が“もらい泣き”させられた。
本作が始まってまだ全体の3分の1程度とは思えないほど、河合の演技は成熟しきっている。落ち着いて見えるが、蘭子はまだ10代。豪との悲しい別れを胸に彼女がこの先の長い人生をどのように生きていくのか。河合の年を重ねていく演技を追い続けていきたい。

2025.06.04(水)
文=苫とり子