少ないセリフでも心を掴む“受けの演技”

 演技は大きく、自らの役の意見や感情を前面に主張する“攻め”の演技と、それを受けて反応を返す“受け”の演技に分けられるが、河合は後者の評価が高い俳優だ。特に蘭子は控え目な性格であまり自分の気持ちを口にしないため、台詞は限りなく少ない。

 そこで光るのが、河合の表情や視線の動き、佇まい、仕草などで役の気持ちを物語る“受け”の演技。朝ドラが放送されている午前8時は、多くの人が会社や学校に行く前の支度を整えている忙しい時間帯である。にもかかわらず、折に触れて河合のリアクションが話題に上がっていたのは、それだけ彼女につい手を止めて見たくなるような吸引力があるからに他ならない。

 そんな河合優実が視聴者の心を完全に掴んだのは、第29回で蘭子と豪が想いを伝え合うシーンだ。豪の出征が決まるも自分の気持ちを伝えるタイミングを逃し続けていた蘭子。壮行会の日も静かに席を外し、朝田家を後にした豪を追いかけるが、「きっともんて(戻って)きてよ。きっとやのうて、絶対や」と伝えるのが精一杯だった。しかし、豪が意を決して「無事もんてきたら、わしのお嫁さんになってください」とプロポーズ。

 それを受けた河合の反応は向こう何年、何十年に渡って語り継がれることだろう。蘭子は豪の言葉に驚き、ふらっとよろけるように後ずさりする。長年の恋が成就し、嬉しくないはずがなかった。けれど、豪とは離れ離れになってしまう。「豪ちゃん……。どういて今そんなこと言うが?」という台詞以上に、頭を押さえる仕草と眉間にシワを寄せて涙を堪える表情がその葛藤を物語っていた。

 その後、今田美桜演じるのぶに背中を押される形で、蘭子が「うち、おまさんのこと、うんと好きちや……。豪ちゃんのお嫁さんになるがやき、もんてきてよ」と豪に伝え、2人はようやく結ばれる。蘭子は豪が満期除隊になって帰ってくる日を指折り数えて待ち続けた。

2025.06.04(水)
文=苫とり子