THE ALFEEの3人が音楽遍歴を語るインタビュー連載「僕らが愛した音楽」がスタートした。昨年のロングインタビュー企画に続いて、ファン垂涎の秘話が次々に明かされている。その一部を紹介します。
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近所の女子高生たちは音楽的なアンテナが進んでいた――高見沢
高見沢 明治学院高校は3年間クラス替えがなかったから、クラスで固まったグループがそのままそのクラスのカラーになった。俺がいたクラスは、友達とロックバンドやってたからロックな組、桜井がいたクラスは、桜井がいたフォークグループからフォークの組、という感じだった。で、ロックバンドをやっていると、近所の女子高の子たちと結構知り合いになったんですよ。そういう子たちって、音楽的なアンテナが僕らよりもかなり進んでいてね。「ウエスタンカーニバル、行かない?」とか誘われて。「え~、GS?」、「でも、今ちょっと違うんだよ?」、「そうなの? じゃあ、午後から行っちゃおうか」って。それでウエスタンカーニバルを数人で観たりしてさ。
坂崎 いいねぇ。

高見沢 すると、たしかにその頃のGSはもう昔の王子様的な感じじゃなくて、ヴァニラ・ファッジの『キープ・ミー・ハンギング・オン』とか、クリームの曲とか、海外のロックをやっていて驚かされた。ツェッペリンとかジェフ・ベックなんかは男友達と行ったんだけど、そういう女子高の女の子たちと一緒に行くようなコンサートもあったね。ドノヴァン(※スコットランド出身のシンガーソングライター)もそうだったな。あれも新宿厚生年金(※73年3月20日)。『ラレーニア』とかやって、結構良かったなぁ。
坂崎 その来日公演は、ライブ盤にもなってるもんな。
高見沢 演奏もうまいし、かなりそのサウンドにハマった記憶があるね。
坂崎 ブリティッシュ・フォークの先駆者だからね。そう言えば、俺も(母校の)隅田川高校の2級後輩のロック好きの女の子から、「今度、後楽園球場でエマーソン・レイク・アンド・パーマー(※イギリスのプログレッシブ・ロックバンド)があるんですけど、行きません?」なんて誘われたのに、当時はあまり興味がなかったから断っちゃったんだよ。
2025.05.13(火)
文=桜井 賢,坂崎幸之助,高見沢俊彦