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みんなで売れよう。私たちの時代にしよう
彼女にはじめて会ってから数年が経ち、私たちは相変わらず友達でいた。彼女の写真の展示があれば花束を持って会いに行ったし、ときどき頼まれて作品のモデルもした。私がワンマン社長のめちゃくちゃな会社をめちゃくちゃな理由でクビにされたときも、彼女は私の話を聞いてシーシャを吸いながら大笑いしてくれた。撮影した私の写真に、彼女は編集ソフトのペンで大きく「懲戒解雇」と書いて私に見せた。黒字で潔く書かれたそれが、格好つけた表情の私と妙にマッチしていて、私たちはその写真を見ながらいつまでも笑っていた。彼女と、彼女の周りにいる友人たちの世界では「いかに社会から外れて生きていくか」が魅力として認められていたような気がする。朝起きられないこと、いつも体調が悪いこと、バイトをクビになること、昼から酒を飲んで酔っ払うこと。これらは自分の技術だけで金を稼いで生きていける自分たちだけの特権で、どこか私たちの“仲間の印”のようになっていた気もする。私も一応モデルをやっているフリーターとしてその仲間に入れてもらってはいたが、コンスタントに仕事があるわけでもないし、実情はバイトのシフトに沿って毎日をやり過ごすばかりだった。みんなが彼女のマンションでそれぞれ作業をしたり、映画を観て楽しんだりしている途中、私は名残惜しい気持ちで夕方からのバイトに出ていくのだった。
そうやって自分が何者であるのかごまかしながら生活していたある日、突然ネットに書いていた文章がバズった。それは全く予期していなかったタイミングでもあり、今となっては私がフリーランスとは名ばかりのフリーター生活の不安によって血迷った選択をしないギリギリのタイミングだったようにも思う。押し寄せたフォロワーは一晩で彼女のアカウントのフォロワー数を超え、メールボックスは出版社からの依頼で埋め尽くされた。予期こそしていなかったが、ありえない出来事が起こったという感覚でもなかった。というか、起こってくれなければ困ることだった。やっと自分のやるべきことが与えられたことに、私は断崖絶壁のギリギリで車のブレーキがきいたような気持ちでいた。私は助かった。なんとかなった。そんなふうに思った。彼女も私の文章が広がっていくのを一緒になって喜んでくれた。私は彼女に「私にまかせて。みんな今のうちに荷物を持って私に乗り込んで。みんなで売れよう。私たちの時代にしよう」と言った。
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伊藤亜和(いとう・あわ)
文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

Column
伊藤亜和「魔女になりたい」
今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。
2025.04.01(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香