
小鳥たちの集まる餌場で、青年はかれらが言葉をかわすのを聞いた。
むろん実際に耳にしたのは鳴き声に過ぎない。しかし様々な野鳥からなる「混群」の鳥たちが、異なる種類の鳥が出す声に反応することに観察者は気づいた。彼はそれが他の鳥たちへの「おーい餌があるよ!」という呼びかけではないかと考えたのである。
本書の筆者・鈴木俊貴青年は、フィールドワークを重ねてデータを集め、検証する。確かに鳥たちは音声で情報を伝えていた! それだけでは終わらない。知りたいことは次から次へと現れる。雛たちに危険を知らせる、ヘビやカラスを表す語が存在している? 複数の単語で文章を組み立てているのでは? 筆者はそれらのミッションを知恵と根気でクリアしてゆく。「鳥の言葉」の実在を信じて。
そして最終的に彼が辿り着くのは「動物言語学」というおよそ前人未到の世界なのだ。これは手に汗握るRPG。ひとりの研究者の冒険物語に他ならない。いやー、こんな話って本当にあるんだ。
本当にあるんだ。そう、人間以外の生物の言葉がわかる人物を私たちはほぼひとりしか知らない。ドクター・ドリトルはヒュー・ロフティングが考えた架空の人物である。私もかつてはドリトル先生に憧れる世界中のスタビンズ少年(先生の助手)のひとりだった。だが、この不肖の助手はいつしか、動物は言葉を持たないと考える凡庸な大人になってしまった。
しかし実在するスズキ先生は断じる。動物はしゃべらないのではない。人間が「他の動物たちの言葉に気づかずに、自分たちが言葉を持つ特別な存在だと思い込んでしまっている」のだ。
「“動物はしゃべらない”という2000年以上にわたる史上最大の誤解を解き、井の中の蛙化した人類を救うため」、ドクター・スズキは立ち上がった。長年のパートナーであるシジュウカラたちの声援を背中に。
冒険の旅は決して堅苦しいものではない。キャベツひと玉の差し入れに苦しんだり、研究者の容貌が対象に似てくるという命題に真剣に考察を繰り広げたり。中でも私が驚き羨んだのは、実家の巣箱について書かれた章にさらりと出てきた「うちの両親にはシジュウカラ語を教えてあるので」の一節だった。家族ぐるみだよ。
本書はきわめて平易な筆致で、専門的な知識がなくても十分に楽しめる内容になっている。これは、先入観に凝り固まった大人たちの頭を融かすと同時に、そうなる前のいとけなき少年少女たち、無限の吸収力をそなえた子どもたちのためにも書かれているからに違いない。かれらが成長し、筆者の開墾した大地に根を下ろすとき、人と生物の関係にとって本当に大切な未来が拓けゆくのではないか、と大げさでなく考えた。2月吉日。
すずきとしたか/1983年東京都生まれ。東京大学准教授。日本学術振興会特別研究員SPD、京都大学白眉センター特定助教などを経て現職。共著に『動物たちは何をしゃべっているのか?』。
ひだかともきち/宮崎県生まれ。漫画家、イラストレーター、文筆家。主な作品に『トーキョー博物誌』『原色ひまつぶし図鑑』等。


僕には鳥の言葉がわかる
定価 1,870円(税込)
小学館
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2025.03.12(水)
文=日高トモキチ