底が抜けた世界が欲しかった

 ──受賞作は、「DTOPIA」という恋愛リアリティショーが撮影されているポリネシアに浮かぶリゾートアイランド、ボラ・ボラ島の説明から始まります。ショーには、東京で育ったミックスのキース(井矢汽水)が「Mr.東京」として参加している。当初は白人女性「ミスユニバース」に10人の男性が求愛する設定でしたが、ある事件を契機に「ギャル・クルーズ」が島に到着し、新たに15人がショーに加わります。そのなかにキースと10代の頃から親しかったモモ(鈴木百之助)がいて、2人は再会する。

 安堂 ものすごいばかばかしくて底が抜けたような世界から始めて、東京で通用しているような差異が、ものすごく小さくなって、全然気にならなくなるぐらいの世界が欲しかった。それに伴って登場人物をミニチュア化して、それをおもちゃの人形のように遊ばせているような視点というか、サイズ感みたいなものを固めていきました。

 ──それで恋愛リアリティショーという設定が生まれたのですね。キースとモモが再会した後、安堂さんが最初に書こうとしていたという東京のパートが始まり、キースを「おまえ」と呼ぶ、この小説の語り手がモモであることが明らかになります。そして、自分が男性であることに違和感を覚えているモモの片方の睾丸をキースが切除した過去が語られる。キースは睾丸を切除する行為を続けますが、その意味は状況や目的によって変容していく。そのキースの遍歴の目的は、暴力から「暴」をとることだと語られます。このテーマは、どこから出てきたのですか?

 安堂 それはモモとモモのお父さんとキースのやりとりを考えて考えて書いていったときに出てきました。例えばモモが睾丸を切除されたことが、お父さんに見つからないというプロットも可能だったと思います。でも何かを素通りしているような気がして、やっぱりお父さんが出てきた。お父さんの言い分も分かりますよね。睾丸の切除が片方だけに終わって、そのことがお父さんにバレて、最初はキースがモモの身体を傷つけたことになりますが、じゃあ無傷ってどんな状態なのか? と3人の理屈がぶつかり合ったときに、三者の分かり合えないところが出てきた。そこから恋愛リアリティショーと東京をつなぐ、モモが常に世界を見るときに持っている定規のようなものとして「暴力から暴とれないか」という汽水の言葉が引用されていきました。

※本記事の全文(約5500文字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(安堂ホセ『恋愛リアリティショーを舞台にした理由』 第172回芥川賞受賞者インタビュー」)。
全文では、安堂氏の「受賞のことば」、デビュー作『ジャクソンひとり』を書いたきっかけ、小説という表現手段の魅力、安堂氏が考える三人称の力などについて語られています。

文藝春秋 2025年3月特別号

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2025.03.06(木)
文=安堂ホセ