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 『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』以来、16年ぶりの根岸吉太郎監督の新作『ゆきてかへらぬ』に主演した広瀬すず。『ツィゴイゼルワイゼン』『陽炎座』『夢二』の大正浪漫三部作の脚本家、田中陽造によって40年前に書かれたシナリオは長年眠っていたが、広瀬すずという存在によって息を吹き返した。大正時代に実在した女優、長谷川泰子を演じ、成熟した魅力を見せている。


自分の中で感じたものを、監督が受け止めてくれていた

――根岸監督からは泰子を演じるうえで、アドバイスなどはありましたか

 演技の話はほとんどしていないんです。現場では監督とはほぼ喋っていないくらい(笑)。ただ、最初に本読みをした時に、この時代の女性の喋り方として、ハキハキと喋ってほしいという趣旨のことを言われました。

 現代の作品だと、さらさらっとセリフじゃないように喋ることが多いですが、「昔の人は語尾まで力を抜かずに言い切っていたので、その点は意識してほしい」と監督に言われました。

 根岸監督は、現場ではモニターを見ながら黙々と、ずっと考えているというか、見ているというか。私が自分の中で感じたものを、監督が受け止めてくれていた感じです。まずは自由に演じさせていただきました。

――撮影で一番印象に残っていることは何ですか?

 物語の終盤、小林から撮影所に電話がかかってくるシーンです。当日あまり天気が安定していなかったのですが、撮り終わったらカメラマンさんが「芝居と光のタイミングと(カメラ)ワークが完璧だった。バチっときた」と興奮しておっしゃっていたことですね。

 次の日も「昨日のあれは良かったなあ」っておっしゃってくれて。レンズを通して見てくれているカメラマンさんが目の前で、あんなふうにおっしゃってくれることは今まであまりなかったから、嬉しいなと思いました。実際、完成した映画を観て「ああ、このことだったのか」と思いましたね。

――泰子は家庭環境が複雑で、故郷を飛び出して、女優を目指す。おそらくすごく自立したいと思っているのに、結局は男の人に頼ってしまうというか、振り回されてしまう。広瀬さん自身は十代からお仕事をされて自立するのが早かったと思うのですが、その点では共感できましたか?

 声に出してみたくなるセリフが多い脚本だったので、泰子を受け入れるのはすんなり出来たんですが、共感できないところもありました。

 でも、人に甘えるっていいことだな、とも。泰子は気持ちよくなるほど人にズバズバ言うし、やつあたりするし、押し付けるし、甘えているけれど、それが普段自分にはないからこそ、演じていて気持ちよかったです。

――泰子は女優として野心があったのか、なかったのか。あまり芽が出ないのが、広瀬さんとはかなり違いますね。

 その適当な感じが私はすごく好きでしたね。役者をやっているけれども、映画の中での泰子は多分売れたらラッキーくらい感覚だったのかなと思うんです。お金が稼げればいいというようなところがあって。

 ただあれだけしつこい性格をしているので、人より良いことも、悪いことも両方ちゃんと経験するんだろうな、と思いました。それはある意味、ラッキーだったんじゃないかな。
 

2025.02.15(土)
文=石津文子
スタイリスト=丸山 晃
ヘアメイク=奥平正芳
写真=佐藤 亘